表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/33

第十一章•〈花〉の秘密と、〈翼をもつ者〉㊀

ジェラは〈夢〉を見ていた………


瑠璃色の美しい水のなかを、自分が立つように眠っている………

苦しくもなければ……すべての重みから解放され……そこには、自分の《魂》だけが、〈核〉として存在していた………


ふいに、〈声〉がきこえてきた………


それはなんともいえず、心地よい……〈光の声〉………


••••••目覚めなさい••••••〈鷲〉のそばへ••••••


(……〈鷲〉……)


閉じていた瞼が、ゆっくり開くーー見渡す限り青く澄んだ、そのはるか先からーーなにか眩しく光るものが、水中を滑るように、近づいてくるのだった………

ぼんやりとした視界に、眺めていると、それは〈輝く光を纏った、大きな鳥のすがた〉だったーーー

立派な翼が、力強く羽ばたくたびーー瑠璃色の世界に、きらきらと、弾けるような光の粒が泡立つ………

こちらへ真っすぐに近づいてくる、〈勇壮なすがた〉を見つめながら、ジェラは驚きもせず……また、恐れもしなかった………

重みが解き放たれた右手を、そっと前へ、差し出す………


ジェラの目が、ぱっと開くーー

(……夢……か……)

一瞬間、自分どこにいるのかわからなかったが、仄暗い視界に、ぼんやりと、なめらかな白の天蓋のすがたが映り、記憶がもとの位置へ、収まるのだった。

(あれは……なんだったんだろう……)

それにーーあの〈声〉ーーー

ジェラはゆっくりと、身を起こす。

まだ夢の感覚が鮮明に残り、身体の重さに静かな驚きを受ける。

顔を横へ向けると、隣のベッドでぐっすり眠る、アリーのすがたが映るのだった。

眠気はすっかり去り、疲れのほうも随分と良くなっていた。

ジェラは音を立てないよう、床に揃えてあった長靴を履くと、ベッドを離れーーバルコニーへ向かった。

自分でも、なぜそうしたのかはわからない。

外の空気を、吸おうとしていたのかもしれない。ーーただ、このとき……ジェラは気づいていなかったが、耳元に下がる、〈しずくの耳飾り〉が、再びぽうっと、青い光を宿していた……。

明かりはつけず、薄暗い部屋のなかをそろそろと進み、バルコニーへ出るガラス戸を開け、広い外へ出る。

夜明け前の青い闇が、ひんやりと身を包んだ。

ジェラは深く息を吸うと、長く吐き出す。

神聖な静寂のなか、黒く艶やかな欄干のもとへ、進んでいった。

まだ眠りについた、〈街〉の景色にーー常夜灯の銀色の光が、幻想的に咲き乱れていた。

ジェラは、濡れ羽色の欄干に手を置いたまま、その光景を眺めていた……。

褐色の瞳が、空き家のあるほうへ、向けられる。

(〈鉛の屍〉は、まだ無事だろうか……)

空き家の見張りに立つ、二人の中級兵士も、何事もなく、無事でいるだろうか………

刹那ーージェラの脳裏へ、威圧的な顔が睨み、浮かび上がるのだった。

穏やかに打っていた心臓が、せわしくなり、ジェラは慌てて振り払うように、首を振った。

ーーと、そのとき……耳に、かすかな物音が聞こえた。

ピタリと息を凝らし、耳をすませたジェラは、音の聞こえてきた方へ、広いバルコニーを静かに移動するーー

冷たい欄干を握り、下の通りへ、目を向けた……

(あっ……)

青い闇のなかーー褐色の瞳が、大きく見開いた………



ドクっ、ドクっ、ドクっ…………

心臓がーーまるで太鼓のように、全身を打ち響いていた……。

ジェラは今ーー身を隠した茂みのすき間から、息を殺して、視線の先を見つめていた。

陽はすでに空高く昇り、鬱蒼と、豊かに生い茂った木々たちの葉むらから、深い緑の世界に、白く美しい木漏れ日を踊らせていた。

ジェラの鼻が、大きく膨らむ……

鼻腔いっぱいにーーあの鮮烈な匂いーー濃厚なまでの〈大地の匂い〉が、満ちるのだった………


ジェラは、〈ラッゾ〉のバルコニーから、夜明け前の薄青い通りのなかに、見覚えのある、マントすがたの人影を見た。

前に、そのすがたをどこで見たのかーージェラはすぐに思い出した。

深々と頭巾をかぶった人物は、うしろに空の荷車を引き、空き家のある方へ向かっていく。

ジェラは急いで部屋のなかへ入ると、まだ寝室のベッドでぐっすり眠っている、アリーを起こさず、そのまま一人で、部屋を飛び出したのだった。

〈ラッゾ〉を出て、建物の角を曲がってからのことは、強烈な記憶にーー焼き付いている。

マントすがたの人物は、迷うことなく、見張りに立った二人の中級兵士のもとへ、近づいていった。

招かれざる客ーー異変に気づいた兵士たちが、腰にある剣へ手をかけ、制止するよう求めたが、マントの人物は、構わず進み続けた。

二人の中級兵士が、ついに剣を抜き放ち、鋭い声で最後の通告をしても、荷車を引いた相手は、やはり、まったくその足を止めようとはしなかった。

このままでは……と、物陰に身を潜めていたジェラが、思わず凍りつくなかーーそれは突然、極めて奇怪な出来事が起こった……。

離れたところから見ていたジェラには、一瞬間、なにが起きたのか、よくわからなかった。

くたびれた、マントすがたの人物が、足を止めたーーと、思った刹那、剣を構えた二人の兵士の顔が、たちまちガクンっ……と、胸へ落ちたのだ。

そのすがたはまるで……上から吊るされていた糸が、見えない刃で、ぷっつりと切られたかのようだった……。

二人の兵士は、その場に突っ立ったまま、頭だけが、重く不気味に垂れていた。

マントの人物は、何事もなかったように、再び荷車を引いていく。

すると……前に立ち塞がっていた兵士のすがたが、おぞましく頭を垂らしたまま、道をあけるように、両脇へと退いた。

マントの人物と、空の荷車が空き家のなかへ消えるとーー顔を落とした、操り人形のごとく二人の兵士は、もとの位置へもどり、手にあった剣を、もとの鞘へ収めるのだった。


強張る褐色の瞳が、視線の先に映る人物から、その目の前に広がる光景へと移る……

ここまで、懸命に跡をつけてきて、たどり着いた場所こそーージェラに、さらなる衝撃を与えたのだった。

そのすがたは、決して見間違えようのないもの……

(……〈緑の壁〉……)

心の内で、つぶやく……。

あの〈秘密の洞窟〉へと通ずるーーまぎれもない、入口ーーー

不思議な厚い壁を抜ければ、忘れもしない……絵画のような世界が、広がっている……。

ジェラの視線が再びーー〈緑の壁〉の前に立つ、色褪せた灰色のマントすがたの人物へ、とまるのだった。

こちらに背を向けた相手の後ろには、ここまで引いてきた、いかにも年季の入った、荷車のすがたが見えた。

その荷車には、乗せられた〈なかのもの〉を覆い隠すように、灰色の大きな布が、しっかりとかけられていた。

(……っ!……)

ジェラの息が、ピタリと止まる……。

のぞいていた茂みのすき間から、さっと目を離すのだった。

相手がーーすばやく振り返ったのだ。

口から飛び出さんばかりに激しく打つ、心臓に手を当て、ジェラは静かに呼吸を整える……。

そして……再び、恐る恐る……目をもどした……

(……あっ……)

褐色の瞳が見開くーー

視線の先にーー大きな頭巾を払い落とした、真っ白な頭が、光り映っていた。

すると……静まり返ったあたりに、突如不思議な《風》が、湧き起こる………

それは、老齢な男の周りから、まるで張り詰めた水面に広がる波紋の如く、幾重にもなって生まれ、輪を描き……広がっていく…………

静かだった木々たちが、みな一斉に、ざわざわと揺れはじめるのだった。

ジェラが、息をのむ……!

〈緑の壁〉に、驚くべき変化がーー隙間なく、みっしりと生い茂っていた枝葉のなかに、大きな荷車が通れるほどの、アーチ形をした、緑のトンネルのような入口が、現れたのだ!

真白な頭をした男のすがたが、荷車と共に、トンネルのなかへと、吸い込まれていった………

シャルシュルシュル…………

蔦のように伸びてきた枝葉たちが、またもとのすがたに、穴を塞いでいくのだった。

緑のトンネルが消えたのちーージェラはようやく、隠れていた茂みから立ち上がり出る。

呆然と……その場に立ち尽くしたまま……青々と生い茂る、巨大に摩訶不思議な〈緑の壁〉を、じっと見つめた………

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ