表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/33

第十章•〈鉛の屍〉㊁

「全員そろったかーー」


広い倉庫のなか、ミゲの声が響き渡るーー

一人、いつもの膝掛け椅子に腰かけ、変わらず向けられた者が竦み上がるような、鋭い眼を光らせた男は、深緑の衣に包まれた長い足を、小刻みに揺り動かしていた。

常ならば、帝国の大君主に関する、一つの例外をのぞいて、まるで感情という存在を、欠いたミゲであったが、今は倉庫にいる誰もが、視線の先に映る男の苛立ちを、敏感に感じ取っていた。

「まだ一人、来ていません」

アリーが、静かに答える。

濃い眉の間に、ぐっと深い皺が寄り、倉庫を満たす空気に、ピリピリとした緊張が走る……。

そのときーーみなの顔が、一斉に振り返るのだった……

「遅いぞ、ナンバー8」

すかさず、矢のごとく、鋭利な声が飛ぶ。

鋭い矢尻に貫かれた、鮮やかな橙色の髪が、びくりと揺れる。

「すみません……」

掠れた声が響き、ハイリは重い扉を急いで閉めると、中央にある集まりへ、走って加わった。

ジェラの隣に立ったハイリは、まだ苦しそうに、胸を大きく上下させ、その横顔には、汗がいくつも流れ落ちていた。

「あの……よかったら……」

ジェラが、腰のポケットから、きれいに折り畳まれた白い布を取り出し、そっと差し出す。

「あ……ありがとう」

ハイリは、それを受け取ると、頬に流れた汗を拭った。そして、はじめて小さな笑みを向け、「これ、借りとくね」ーーと、囁くのだった。

その様子を、少し離れたところから見ていたビクは、ジェラを睨み、心のなかで舌打ちをした。

(あいつ……俺が渡したやつを……)


「全員そろったな」


静まり返った倉庫のなかーー再び、低い声が響くーー

息を詰め、緊張を映したメンバーたちの先に、大きな身がそびえ立つ。

「ついてこい」

放たれた、冷ややかな声にーー若者たちの瞳が揺れるのだった……。


ミゲに率いられ、〈キューア〉のメンバーたちが外へ出ると、みなが一斉に、同じ方向へ目を向けた。

(あれは……なんだろう……)

遠く視線の先から、黒いなにかがーーこちらへと、近づいてくるのだった。

「馬……?」

ジェラの横にいたアリーが、眩しい陽に手をかざして、つぶやいた。

倉庫へ近づくにつれて、立っている地面の振動を感じながらーーまもなく、その正体が、わかるのだった。

「こりゃ、すげぇな……」

〈キューア〉のメンバーたちの、大きく開かれた瞳にーーまるで、芸術品を思わせる、二台の馬車が、輝かしく映っていた。

濡れ羽色の、美しい馬車にはーー目の覚めるような真紅の席が、縦に向かい合って、設けられている。

屋根がないかたちの、艶やかな馬車の側面には、例の紋章ーー〈銀色に輝く、稲妻の花〉が、水面から浮かび上がるように、光輝を放っていた。

そして、それぞれの馬車の前には、2頭ずつーー黒々と艶光り、煌びやかな馬具飾りをつけたすがたの黒馬たちが、並んで繋がれているのだった。

高い御者台にいた、二人の中級兵士が、さっと地面へ降り立つと、すばやくミゲとメンバーたちに敬礼をみせる。

〈ムー〉の建物の前にいた、二人の中級兵士とは、ちがう人物たちだった。

すると、二台の馬車の後ろから、剽悍な黒馬にまたがった、また別の兵士が現れた。

切り揃えられた髪に、黒いマントすがたの中級兵士たちと違い、長い髪を後ろで高く結び、ジェラとビクにとっては、つい最近見たばかりの、純白のマントを身に纏っていた。

上級兵士は、軽やかに地面へ降り立つと、その左胸に手を当てて、同じくミゲとメンバーたちに深く頭を下げる。さっと顔を上げ、口を開くのだった。

「ミゲ様、遅れまして、誠に申し訳ございません」

「いや、こちらも遅れが生じたゆえ、ちょうどよかった。 なにか問題でもあったか」

鋭く放たれた、ミゲの声に、引き締められた上級兵士の顔が、冷たく強張る。

「いえ、問題というほどのことではございません」

「かまわん、報告しろ」

「はっ! こちらへ向かう途中、街の外れにて、飛び出してきた下民の子ども一名と、衝突いたしました。ですが、すぐに確認をし、馬、馬車共に、損傷はございません」

近くで聞いていた、メンバーたちが、瞬間息をのむのと裏腹にーー上級兵士は、微塵も表情を変えず、いたって冷静に、報告するのだった。

「ぶつかったほうはどうなった」

「はい、死んだと思われます。その母親らしき女が、子どもにまとわりつき、警告後も道をあけなかったため、粛清いたしました」

「わかった。馬車の扱いには、以後より注意をもて」

「はっ!」

上級兵士と、後ろに控えた二人の中級兵士とが、声をそろえ、頭を下げた。

〈キューア〉のメンバーたちは、〈粛清〉という言葉が、不気味にこだますなか……内に突き上げてきた感情を、押し殺すのだった……。


五人ずつーー二つに分かれて、豪華な馬車に乗ったメンバーたちは、(高さのある座席へは、格納式の階段が引き出され、現れるのだった)向かっている場所もわからないまま、みな無言で、座席に揺られていた。

その馬車に乗る際、ミゲが、数字で区切ることを命じたため、最後の番号であるジェラは、アリーやビクとは、違う馬車に乗り込むのだった。

メンバーたちが乗る、二台の馬車の前には、上級兵士と、愛馬にまたがった、ミゲのすがたが先導していた。ーー出発前、ミゲが細く小さな笛を取り出し、ピューイ、ピューイ、ピューイ……と、高く吹き鳴らせば、驚いたことに、どこからともなく、目を見張るような見事な〈黒馬〉が、主人のもとへ、駆け現れたのだ。ミゲが、『ダルドリット』と呼んだ、この専用馬は、馬車に繋がれた馬たちや、上級兵士の乗る黒馬とは、一目見ても明らかに、格が違うのだった。

そうして、馬車が走り出してすぐ、ジェラの脳裏へよぎったのは、例のフェンスのことだった。

考えてみればーーダダ王にケガを負わせた、あの棘だらけの高いフェンスを越えなければ、〈倉庫〉へは、たどり着けないはず。

それならばーー馬や馬車は、果たしてどうやって、そこを通り抜けてきたというのか……。隠された抜け道のようなものが、あるのだろうか……。

湧き上がった疑問は、ほどなく、いとも簡単に解かれるのだった。

先頭を行く上級兵士が、再びさっと馬から降り立つと、なにか特別な目印があるわけでもなく、どれも同じすがたに見える高いフェンスの一つに、迷いなく進んで行った。ーー巧みに隠された、小さな鍵穴へ、纏う白の衣の内から取り出した鍵を、差し入れる。

辺りに、錠が解かれる、鈍い音が響き渡りーー上級兵士は、まるで巨大な門扉のように、隣り合う二枚のフェンスを、大きく開け放すのだった。


馬車は今ーー色褪せた過去の町を抜け、色彩ある帝都の街のほうへ、進んでいた。

ジェラは、ハイリ、インナと共に座る、進行方向の席の端から、力強い足取りに引っぱっていく、黒馬のすがたを、見つめていた……。

陽光に飾りが煌めき、風になびいた、漆黒のたてがみの先にはーー前半の番号をもつ、アリーやビクたちの乗った、馬車のすがたが見えていた。

一行が、進む前方に高々とそびえ立つ、〈銀細工の城〉へ向かって、街の外れに差しかかったときーー〈キューア〉のメンバーたちは、それぞれに身を固くして……あたりの景色を眺めるのだった……。

先頭をいく上級兵士が、朗々と声を響かせ、一行の通りを告げていくーー

〈街〉の中心に比べ、見るからに手入れの粗雑な道は、馬車などの通行に支障がないよう、道幅だけは広くとられ、その両側を、いかにも粗末な造りの家々が、圧せられ、押しやられるように、窮屈に並んでいた。

ガタガタと揺れる高い馬車の上から、ジェラが身を乗り出して、下を見た瞬間ーー激しく打つ心臓が、冷たく凍りつくのだった……

広い道のいたるところ、額を地に深くこすりつけた、痩せ細った人々のすがたがあった。

大人も子どももーーみな、短く刈られた頭に、汚れ擦れた衣の身を、小さく竦めていた。

すぐ目の前を、馬や馬車が荒々しく砂ぼこりを巻き上げても、彼らはただじっと、決して面を上げることなく、微動だにせず、それらを浴び続けていた。

ジェラは、過ぎていく光景をーーなにもできず……空虚な瞳に、唇を噛み締め……見つめるのだった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ