第一章•呼び鈴
雲ひとつない群青の空の下、街は人々で溢れ、大いに賑わっていた。
どこもかしこもーー見渡せば、この陽気な天気に誘い出された、家族連れや、恋人たちのすがたが目にとまる。
週末なのであろうーー人々の顔には笑顔が浮かび、穏やかで、楽しそうだった。
とくに、ひらけた景色のこの場所ーー眺めも良い、海辺の広場には、大勢の人々が集まり、そこかしこから、楽しげな笑い声が聞こえていた。
そんな人々のすがたを、広場のベンチから眺める、一人の少女がいた。
後ろで高く結ばれた、長く柔らかな髪が、海風になびいている。
少女の髪はーーなんとも美しく艶やかな、〈鳶色〉だった。
だが、そんな髪の様子とは対照的に、少女の顔ーー青白いほどに色白で、端麗な顔には、どこか不思議なほどに、表情がなかった。
唯一、褐色を帯びた、大きな瞳だけが、ときおり景色のなかを、ゆっくりと移動していくーー。
ふと向けた、視線の先にーー手を繋いで歩く、仲睦まじい親子のすがたが映った。
少女の瞳がーー強く惹きつけられるように……親子を捉えて、離さなかった……。
とてもーー幸せそうにーー微笑むすがたーー
(……幸せの……かたち……)
••••••リーン••••••リーン••••••リーン••••••
突如、鼓膜へ高くーー強くーー明澄に、響き渡った音ーー
少女の瞳が、はっと見開かれるのだった。
全身を包んでいた、目に見えぬ気配が即座に反応し、共鳴するーー刹那、どこからともなく湧き上がった空気の波動が、少女の〈青い耳飾り〉を、まるで幻想的に、揺らすのだった……。
その涼やかな音は、他の人々には聞こえていない。
少女にだけ届いたーー〈呼び鈴の音〉ーー
(……行かないと……)
再び動き出した世界に、少女はさっと立ち上がると、足早に、笑いさざめく広場を後にするーー。
不安と、決意を孕んだ少女の目は、もう他に見向きもしなかった。
一度も立ち止まることなく、足を進め、少女が向かった先はーー閑散とした裏通り。
なかでも、ひと際奥まった建物の路地へ、少女は入っていくのだった。
四方を壁に囲まれた、路地裏の行き止まりまでやってくると、ようやく、その足が止まった。
辺りを警戒するように、緊張が滲んだ目で、すばやく視線を走らせるーー
(……大丈夫……大丈夫……)
心のなかで、震え繰り返すと、褐色の瞳を、ゆっくりと閉じた……。
深くーー深く呼吸をしーー散らばっていた〈意識〉をーー身体の奥底へーーひとつの〈芯〉へと、集中させる……
取り巻いていたあらゆる気配、音たちがーー少しずつ……遠のいていくのだった……
乾いた唇がーー静かに解かれる……
ーー『マーク……〈リダ•ベンデ〉……』
••••••ブンっ••••••
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
巨大な蟲の、羽音のような音が唸ったかと思うと、たちまち華奢なすがたは、跡形もなく、消え去った。
少女が、ついさっきまで立っていた地面には、そのすがたこそないものの、まだ微かに、砂塵が渦巻いていた……。