第九章•導き㊀
「ダダ様ーー」
ゾンは、〈銀華の間〉の横にある、階段から現れると、目の前に立つ王へ、声をかけた。
だがーー王は背を向けたまま、人影のない長い廊下の先を、じっと見据えていた。
ミゲとの会談の席に、ダダ王は、側近であるゾンをはじめ、他に誰一人部屋へ入ることを許さず、それはまた、相手に対しても、同じ条件を求めたのだった。
二人の人物がそうして、部屋での話し合いをしているあいだ、残されたゾンと数人の兵士たちは、上の階に用意された、別の部屋で待機していた。
それでも、なかなかもどる気配のない王のすがたに、時間にしてもそろそろかとーーゾンは一人、下の階へ、様子を見に下りてきたのだった。
けれども、今ーーゾンは、王の背から伝わるものに、微かな不安が胸に湧く……。
とーーダダ王が、口を開いた。
「ゾン、発つのは明朝にして、今夜はこの〈城〉に泊まっていく。 他のみなにも、そのように伝えてくれ」
「かしこまりました」
ゾンは、王の背を見つめたまま、静かに答えるのだった。
二人の周りにはーー静寂が包んでいた。
「ーーなにも聞かないのか」
ダダ王が、背後にいる側近へ言う。
その側近は、冷静な声で、答えるのだった。
「私の役目は、いついかなるときも、王の下されたご判断ーーご命令に、この身を尽くすまでです」
ゾンは、背を向けている王が、小さな苦笑を浮かべるのがわかった。
ダダ王が、ひとつ息を吸う。
「そうか……けれど私は、おまえをそのようには思っていないな……。 信頼できる側近でありーーいついかなるときも、心を分かち合える、大切な〈友〉だと思っている」
王の言葉を聞いた、ゾンの瞳にーーうっすらと光るものが映る。
側近はさっと、王に礼を向けた。
「……もったいないお言葉です」
ダダ王の身が、ゆっくりと振り返る。
強い光を宿した眼差しがーー側近のすがたを、真っすぐに捉えた。
「ゾンーー私は今から、〈一つの賭け〉に出てくる」
王の声はーー静かななかに、決然たる気魄が、満ちていた。
「とてもばかげた、愚かなことかもしれない。 だが、己の直感をーーこの場に、信じてみようと思う」
ダダ王はまるで、自分自身にも深く言い聞かせるように、一言一言、噛み締めて、口にするのだった。
「承知しました。 では、私も……」
側近の声をーー王の声が遮るーー
「ゾン、この〈賭け〉には、私一人で行く」
途端ーーゾンの瞳が、僅かに揺れるのだった。
「ですが……」
「私を信じて、他のみなと共に、ここで待っていてくれないか」
長い沈黙があきーー揺れの消えた瞳が、王の顔を見つめる。
「わかりました。 ですが、これだけは約束してください。 くれぐれも、ご無理はなさらず、身の安全を第一に、必ずーー明朝までには、ご無事でおもどりくださると」
王の瞳がーー強く、腹心の友の瞳を見据えるーー
「ああ、約束する。 必ず、無事にもどろう」