序章•生まれ落ちた、《光の玉》
男の手が、眩い光を放っていた……
正確に言うならば、男の左手――その青いほどに白い、大きな手の、ちょうど真ん中の指にはめられた、なんとも独特な〈指輪〉がーーだった。
まるで蜘蛛の足を思わせる、男の細長い指には、すべて、黒光りする指輪がはめられていた。
しかし、今――強烈な光を放つ、その〈指輪〉だけは、他とは比べ物にならないほど、一種異様な、存在を放っていた……。
どこまでも透き通る〈水晶〉が、まさにそのままーー美しい〈指輪〉となって、男の指に、光っている……。
男は、光を見るや、まるでなにかの呪にとり憑かれたように、それは鬼気迫る形相で、反対側の右手を、勢いよく宙へ振り払った!
すると、部屋にある窓が、たちまちひとつ残らず、黒い布に覆われるのだった。
外からの陽が一切閉ざされ、真っ暗闇となるはずだった部屋のなかに、溢れんばかりの光が、満ち満ちる……
「あぁぁ……すばらしいっ……!」
男の蒼白い顔に、完璧に並んだ、真っ白な歯がのぞくのだった。
思わず背筋がぞっとするような、道化師を思わせる、不気味な笑み……。
男のむきだされた目が、煌々と光を放つ〈指輪〉からーー部屋の中央へと移る。
そこには、豪奢な飾り台に据えられた、一つの〈壺〉が、あるのだった。
深い朱色を帯びた、丸い〈壺〉ーー
精緻な細工が施された、美しい金の持ち手が二つ輝きーー〈壺〉の上部には、いかにも重厚なすがたの蓋が、どっしりと覆っている。
男は、導かれるようにーー〈朱色の壺〉のある飾り台へ、ゆっくりと歩み寄っていくーー。
そして、手を伸ばすと、〈壺〉の蓋を、静かに開けるのだった……。
〈壺〉のなかは、ピーン……と張った、清らかな水で、満たされていた。
透き通った水の底ーー〈壺〉の底にはーー《9つの、光り輝く玉》が、沈んでいた。
男が、〈指輪〉のはまる左手を持ち上げると、〈壺〉の真上で、ピタリと止める。ーーと、掌を返し、眩い光を放つ〈水晶の指輪〉を、〈朱色の壺〉の水面へ、そっと下ろしていった……。
〈指輪〉がーー水面に触れた、その瞬間……ピーンと張りつめていたなかに、波紋が生まれ、それは幾重にも連なりーー力強く、幻想的に……広がっていく……
「美しい……」
男の全身がたちまち震え、底から唸るような声が漏れた。
水面につけられた〈指輪〉は、さらに光輝を増しーー生まれでる輪も、大きく、激しくなっていくーー!
光がーー最高潮に達したーー刹那……
・・・・・・ビュンっ・・・・・・
男の〈指輪〉から、一瞬にして光が離れ、〈壺〉の底へーー清水のなかを、ゆらゆらと……〈光の玉〉が、落ちていく……。
部屋のなかが、途端に暗闇へ包まれた。
男は、そのまま動かなかった。
しばらくして、ようやく、光の消え失せた〈指輪〉を、水面からゆっくりと引き上げる。
まだ冷めやらぬ興奮に、男の細い目は大きく見開かれ、上下する肩に、荒い息遣いだけが、静まり返った部屋のなかに響いていた……。
じっと注がれた視線の先ーー生まれたての、ひと際輝く《光の玉》は、他の《9つの光の玉》と共に、寄り添い合って、沈んでいた。
「……待っていたよ……君こそ、素晴らしき最後のメンバーだ……。 ようこそ……我が世界へっ!……」
身の毛もよだつ笑い声が、暗闇に轟いた…‥