第4話(その2)
その夜、ロマノフスキーが車でホテルへ送ってくれた。
「明日は空港まで送る」
という申し出に感謝したが、単独行動したかった、あるいは遠慮したか――
弘明は丁重に断った。
翌朝、弘明は予約したタクシーでひとり空港へ向かった。
サンフランシスコからニューヨークへは、アメリカの航空会社に乗ったせいか、他に日本人客は乗っていなかった。
当時、年間の海外旅行者数が百万人を超えて10年が経っていたが、それでもまだ四百万人のレベル。
しかも旅行者自体はツアー客がほとんどで、ひとり西海岸から東海岸へ飛ぶ者など皆無に近かったのだろう。
それが故に、旅行代金も跳ね上がったのだった。
機中、明らかに日本からの便と違って、弘明には乗り心地が悪かった。
なにしろアメリカの国内便。中央列の通路側の席を確保したが、狭い座席に大柄な乗客が押し込まれるような状態だった。
それにサービスのスチワーデスも大柄揃いだった。
彼女らが通路を通る際、弘明は自分の肘を気にして、ウトウトする暇もなかった。
朝ホテルでなにか食べる時間もなく、弘明は頻りに空腹を覚えた。
なにかポケットに入れてくれば良かったというのも後の祭り。
ただ座って機内サービスを待つしかなかった。
飛びたって5時間近く経った頃、遥か前方からようやく食事のサービスが始まった。
ニューヨークのJFK空港まであと1時間、到着間際の昼食はいかにも忙しないものとなった。
なにしろサービスする面々が、プロレスラーのような体つきで、機内食のサービスカートを押しながら近づいてくる。
それがまた、更に忙しない所作なのである。
「◎▽◇$%? ✕◇&@?」
矢継ぎ早にまくしたてるスチュワーデス。
通路一杯の巨体が揺れる。
だが意味不明……。
当然、カートから機内食のトレーを出して配るのだが、それがまた早い。
いや早いというより、忍者が手裏剣を投げるように、右や左へ千切っては投げ……の繰り返し。
――こいつら、いったいなにを言っているのか?――
必死で聞き取ろうとするものの分からない。
彼女らの接近が恐怖になっていった。
だが耳を澄まして聞いているうちに、ようやくその英語が聞き取れた。
「Chicken or Beef ――」
要は客の好みを聞いている、と知れた。
だがその速さが尋常ではない。
圧倒的な勢いで機内を駆け抜けていくような気がして、弘明は身構えた。だがその覚悟は裏切られた。
弘明の席の2つ3つ向こうから無言で通すようになった。
訳が分からない。
なぜだ――
と、不安に襲われる。
客がなにか違うことを言っているのか、さっぱり分からなかった。
(つづく)