第3話(その3)
大の男が『She』を連呼するのは、いかがなものか――
だが、2人にしてみれば、そんなことはお構いなし。
造形美を愛でることに必死で、知らぬ者が聞いたら異様に思えるだろう。
ただ2人して、少し強くなった浜風に顔を晒しながら、突堤の向こうを行き交う船を見やっていた。
そしてロマノフスキーは、入港してくるクルーザーを見つけると、声を掛けた。
「釣りかい――?」
「ああ、そうだよ」
「何が釣れた?」
そんな声掛けに、デッキの男が短パンにTシャツ姿でモヤイを取りつつ、それでも顔だけ向けて早口で何か答える。
それは弘明の知らない魚で、しばらくやりとりが続いた。
冷たい海風に身体は冷えるが、かえって頭が冴え、弘明の心も開けてくるのだった。
2人は海辺でそんな時を過ごしながら、日が西に傾くまで歩いていた。
ロマノフスキーは初めからその気だったのか、車に乗ると自宅に招いてくれた。
弘明に断る理由はない。
ひとりホテルへ帰って、レストランで食事を取るのも億劫だった。
彼の家まで凡そ30分。
郊外にある彼の家は木々に囲まれた住宅地で、瀟洒な木造2階建て。
ドアベルの鳴るガラス張りの玄関が開き、華奢な夫人が招き入れてくれた。
彼女の自然な笑みに、思わず弘明が
「Nice to see you」
と挨拶した。
すると夫人は何を思ったのか差し出した手を止め、チャーミングに顔を傾けて尋ねる。
「あら、どこかでお会いしましたか?」
そう言われて弘明は、はっとして、
――ここは Nice to meet you か――
と後悔しながら、慌てて言い繕った。
「いつか近鉄の駅前で、ご主人と一緒のところをお見掛けしたので……」
なんとかそう言うと、
「あら、そう――」と、
夫人はお茶目に返事を返してくれた。
碧い目にシルバーの髪をした夫人が何人なのか、弘明は知る由もない。
例えどこの国の人であろうと、少し言葉を交わしただけで、夫人が営む家庭の有り様が窺い知れた。
「今日は、2人でどこへ行ったのですか?」
弘明を居間に招き入れると、夫人は奥へ向かいながらそう問いかけた。
「ゴールデンブリッジへ行って、それから船を見に――」
「あら、また船? ほんとに男の人って、船か車ばっかりね!」
奥はパントリーなのか、何か注ぐ音がして、夫人はお盆に湯呑をのせて戻ってきた。
(つづく)