【後編】空の星
◆ 10個目のお星さま ◆ 大学3年生の空野しずくさん ◆
拡声器で、窓の外を囲む警察官に色々な無理難題をつきつける男たち・・・
「ただちに、私立大学の教育無償化を導入せよ!」
「パートタイム労働者の税控除の金額を1780万円まで引き上げろ!貧富の差を生むなっ!!」
あぁ、これは、アレだ。
この前の参院選で、惨敗したよく分からない政党の公約だ。
うちの紀文化大学の学長は、この主張に反発して、「私学は、自主独立の精神から、公的資金の受け入れは、最小限にすべきで、貧富の格差を考えるなら、私学無償化よりも公立校の補助を充実させるべき」と言い張った。
さらに、「パートタイム労働者の税控除の金額は、ゼロにするのが公平である。1円でも金を稼いだものは、皆が応分の税を払い、その中で収入の少ない人をマイナンバーで把握して、国がその人に適切な金額を支払うだけで解決する問題」などと、教育問題以外の政策も含めて、その政党の公約を完全否定したのだ。
・・・これ・・・このテロもどきは、当てつけだ・・・学長の発言への・・・
うー・・・学長・・・いや、言っていることは、間違ってないんだけれども、政治的発言は・・・
そんなことを考えながらも、必死でまなぶ君の足のひもをゆるめる。
あぁ、良かった。
縛っていたのが、ビニールひもだったのが幸いした。
思いっきり引っ張ると、ビニールが伸び、少しだけ足とひもの間に隙間が出来たのだ。
赤くうっ血していたまなぶ君の足先も、少しずつ元の色に戻ってきている。
ひもが、ビニールだったことだけではない。
幸運だったのは、男たちが、窓の外の警官に対し、大声で要求を突きつけることに集中していたこともそうだ。
そうでなかったならば、私の行動は、ひもをほどいて脱走しようとみられて、即座に撃たれていても、仕方なかったと思う。
周りを見れば、同級生たちも、必死で子供たちを落ち着かせている。
うん。命がかかっているだけあって、みんな優秀。
これ、私が、担当教官なら、実習成績はみんな「優」をつけるよ。
そんなことを考えていると、まなぶ君が、また泣きそうになっている。
私は、ポケットをごそごそごそっ。
うんうん。見てる、見てる。
ほれほれ、【さがしもの】は、これですかー?
ポケットの中から、お星さまの先っぽだけをチラ見せする。
うーん、残念っ。
お星さまは、私のポッケの中に【冒険にでかけて】しまいましたよー。
あっ、ホント、泣いちゃダメ。
ほらほら。これあげるから、泣くのも、立つのもダメだよ。
いつ、男たちが立ち去るか分からない以上、手持ちのお星さまは、節約したい。
しかし、あまりに思わせぶりに引っ張ると、まなぶ君が、泣きそうになる。
ワンパターンになってもいけない。
飽きられた場合の次の手なんて、考えてないのだから。
1時間、2時間、3時間・・・
時間だけが、刻々と過ぎていく。
途中に、一組ずつトイレに行くイベントがなければ、間が持たなかったかもしれない。
しかし、無情にも、時間は過ぎる。
さらに悪いことには、トイレの後、まなぶ君が泣き出しそうになるペースが速くなった。
待って・・・さっき、星を渡したよね?もう1個?
こうして、まなぶ君のお道具箱の中のお星様は、すでに9個。
ガガガガガッガッ!
男たちのマシンガンが、窓の外の見えない敵に向かって撃ちだされる。
まなぶ君だけじゃなくて、子供たちみんな限界だ。
ううん。私だって限界っ。
涙目は、隠せない。
だけど、まなぶ君は、頑張った。
他の子たちが、声をちょっとあげて泣いているにもかかわらず、1回も声を出さなかった。
外に行こうと立ち上がって、慌てて抱きかかえられる子供がいても、釣られて立ち上がることが無かった。
この頑張りに、お星さまを渡さないのは、良心が許さない。
私は、ポケットから、最後のお星さまを取り出して言った。
「10個目のお星さまだから、もう少ししてから、きっとママがやって来る。お願い。それまでいい子にしててね。」
◆ 守り手 ◆大学3年生の空野しずくさん ◆
私は、嘘つきだ。
ママは、やって来ない。
けれども、まなぶ君は、座ったまま我慢した。
泣かなかった。
限界が来るまで、頑張った。
でも、ママが来るっていう嘘は、失敗だったかもしれない。
窓の外が暗くなり、他の子どもたちは、疲れて眠り始めたにもかかわらず、まなぶ君だけ、パチパチと眠そうに瞬きをしながらも、必死で起きていたから。
そして、その時、限界がおとずれて・・・
「ねぇ、ママは?ママは、まだなの?」
「うん。大事なご用で、ちょっとだけ遅れちゃっているの。もうちょっとだけ待ってね。」
「ぼく、お星さま10個集めたよ?ちゃんと、いい子にしてたよ?なんで、ママは、来ないの?やだっ、ママの所に行くっ!」
同級生たちが、私と、立ち上がったまなぶ君の方を注視するのが分かる。
さすがに、声があまりに大きかった。
座っていた立石と名乗る男も、こちらを見ながら立ち上がる。
右手には、銃。
そうして、その手をゆっくりとあげた。
うん、銃口は、まなぶ君を確実にとらえている。
私は、ついに泣きだしてしまった勇敢な男の子の体を抱え、できるだけその銃の射線から隠した。
◆ 突入 ◆ 大学3年生の柴田学 ◆
「やだっ、ママの所に行くっ!」
今思えば、なんて無謀な発言だったのだろう。
そう言ったことは、うっすらと覚えている。
銃を構えたその男と視線がぴたっと合った気がしたが、すぐに目の前から男が消えた。
それは、しずくさんが、覆いかぶさって来たから。
パンっという乾いた音。
赤い血が噴き出るのが見えた。
「アブないな、お嬢さん。引き金に指がかかった人間の前で、急に動いては、いけない。」
男の声は、あまり耳に入らなかった。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫。」
しずくさんが、僕の耳元で、ずっとささやき続ける。
「まぁ、動かなくとも撃つのは、変わらない。はっはははっ。」
男の声が、終わるか終わらぬか・・・
パシュッ
銃口から、2度目の乾いた音が聞こえたと同時・・・
教室内が、煙だらけになった。
パリーン、
警察の突入。
バンっ、ババン!
銃声と、悲鳴
ドンッ
閃光と、爆音
パーンパンパパパンパンっ
サイレンと、血吹雪
ガガガガガガッ
ドスンっ
あの狭い空間に、銃声が響き続けた。
マシンガンの音が、怖かった。
実際、後の検証番組でも、マシンガンのマガジンと呼ばれる替えの弾が少なかったので、突入での死者が数人で済んだと言われており、僕たちは、「運が良かった」らしい。
僕は必死だった。
何も見えない中、しずくさんの胸の中から抜け出そうと必死だった。
しかし、最後まで彼女は、僕を離してくれなかった。
助け出された時、血と涙とよだれで、僕の顔は、べたべただったと聞く。
「大丈夫だからね。いい子にしてれば、お星さまが集まるから・・・ママは、来るから・・・おいしいお菓子も食べられるよ。私、ポケットに、いっぱい持ってるからね。」
彼女の最後の言葉・・・本当に本当に、彼女は、嘘つきだ。
しずくさんは、突入で死ん・・・亡くなった「運の悪い」数人の内の1人。
ママは、やって来たけれども、しずくさんから、お菓子は貰うことはできなかった。
「やだっ、ママの所に行くっ!」
ぼくが、あんなことを言わなければ、彼女は・・・
日取りは、はっきり覚えていないけれども、司法解剖の必要性があったため、しずくさんの葬儀は、通常より遅れて行われた。
「お姉ちゃんに会いに行く!」
しずくさんには、「ママの所に行く」と言い、ママには、「お姉ちゃんに会いに」・・・
・・・なんて気が多い子供だろう。
僕は、あちらのご遺族の気持ちも考えずに・・・まぁ、幼稚園児が考えられるわけはないのだけれども・・・葬儀に行くと言い張って、ママを困らせ、ついには、説得した・・・らしい。
・・・といっても、そこは、ぜんぜん覚えてないのだ。
覚えているのは、その後のこと。
葬儀に出かける直前のことだ。
車の高いステップに飛び乗るため、右足をジャンプさせようとしたときに、大切なものを忘れていることに気づいたのだ。
「ちょっと、待って。」
僕は、家の中に駆け込んだ。
【さがしもの】は、お道具箱の中。
それは、すぐに見つかった。
10個のお星さまは、【きらきら】輝いて僕を待っていた。
葬儀会場。
遺体修復、死化粧・・・エンバーミングというらしい。
しずくさんは、きれいだった。
出棺前、皆が一輪ずつ花を入れる際に、僕は、しずくさんに貰ったお星さまを持って行った。
「お姉ちゃんに貰ったお星さま、入れていいですか?」
あちらのご家族が、全員ボロボロと涙をこぼしていたことを覚えている。
僕は、抱きかかえられた状態で、しずくさんの胸の上にお星さまを10個・・・きれいに並べた。
◆ 季節の始まり ◆ 大学3年生の柴田学 ◆
丁寧に折って用意したおり紙のお星さまは、セミナー室のロッカーにある。
その横には、こっそり渡すお菓子。
しずくさんは、今も・・・いや、ずっと僕の先生だ。
あれから15年。
ぼくが通うようになった紀文化大学奈良キャンパスにある児童学科16号棟は、すっかり新しく立て直されており、当時の面影はない。
ひとり見上げた春の空。
しずくさんの【おくりもの】
またたきは、あの日と同じ
きらきら きらきら
僕は、手を伸ばした。
空に輝くあの星を掴むため。
大きな問題。それは、読むに堪えない部分をごそっと削ったところ、アクションシーンが、半分以上消え・・・