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【前編】学びの雫

◆ 銃声 ◆ 紀文化大学奈良キャンパス ◆


銃を構えたその男は、しずくが動いた瞬間に引き金をひいた。


パンっという乾いた音に、しずくの左耳がはじけ、血が噴き出る。


「アブないな、お嬢さん。引き金に指がかかった人間の前で、急に動いては、いけない。」


男が、顔に笑みを浮かべながらつぶやくように言う。


「大丈夫だからね。いい子にしてれば、お星さまが集まるから・・・ママは、来るから・・・おいしいお菓子も食べられるよ。私、ポケットに、いっぱい持ってるからね。」


それが、しずくの最後の言葉。


「まぁ、動かなくとも撃つのは、変わらない。はっはははっ。」


男の声が、終わるか終わらぬか・・・


 パンッ


銃口からは、2度目の乾いた音が聞こえた。


◆ 季節の始まり ◆ 大学3年生の柴田君 ◆


新しい季節の始まりは、舞う桜の花びらとともにやって来た。


ここは、紀文化大学奈良キャンパスにある児童学科16号棟。


明日、柴田は、かつて児童として参加した実習に、今度は、教員を目指す側として参加する。


彼は、その実習に特別な意気込みをもって、気持ちを高揚させていた。


セミナー室の鍵を閉め、大学校舎の外に出てみれば、空は、暗くなっている。


資料や実習計画書の再チェックにおり紙・・・柴田が、念には念を入れてそれらを確認している間に、時計の針が思った以上にクルクルと回ってしまっていたようだった。


◆ 特別実習 ◆ 大学3年生の空野しずくさん ◆


大学に隣接する紀文化幼稚園の年長さんと大学生がペアとなって、1週間を過ごす特別実習。


しずくの実習担当は、男の子だった。


 あぁ、おとなしい女の子が良かったなぁ・・・


彼女がまず最初に向き合った1つ目の課題は、ペアを組む相手・・・まなぶ君と対面した際、がっかりしたような顔を見せないようにすることであった。


先輩からの申し送りでは、この実習の当たりキャラは、大人しくて言うことをよく聞く女の子。


面白い発想をして、気の利いた発言をしてくれるなら、さらに良い。


なぜなら、レポートに書くネタに困らなくなるからだ。


そして、男の子は、最悪である。


言うことは聞かない。


大事な実習中にもかかわらず、勝手にどこかへ行こうとする。


発想と行動がワンパターンで2日目からは、レポートに書くネタが無くなる。


先輩は、自分の担当した男の子が、どれくらい面倒だったかを長々と話してくれた。


◆ 1日目の悲劇 ◆ 大学3年生の空野しずくさん ◆


初日・・・それは、最悪だった。


まず、私が腹話術用の人形を左手にはめようとしている最中に、男の子が、2階にある教室の窓から脱走しようとしたのだ。


もちろん、初めてやってきた大学の構内を探検してみたいという子供心は、理解できなくもない。


しかし、なにも私が担当している子だけ、逃げ出す必要はないと思う。


美香の担当する三つ編みの女の子なんて、人形とお揃いの【ぬいぐるみ】を手に持って、どう見ても口が動いてしまっているにもかかわらず、美香の腹話術を楽しんでいたではないか!


その日の実習終了後、担当教官に叱られながら、涙目で、ブツブツブツ・・・


なにか、つぶやいているわけではない。


ストレスで、右腕に蕁麻疹みたいなぶつぶつが出ただけっ。


うん。最悪だ。


家に帰った私は、薬箱に使いかけのロンデリンVG軟膏とザイマークリームを見つけた。


少し迷ったが、たくさんおり紙を折った後、寝る前にロンデリンVG軟膏をぶつぶつに塗り込んだ。


かゆかったので、お風呂の中で掻いてしまったのが良くなかったらしい。


ぶつぶつからは、気持ちの悪い【水】が出てきていたし、その周囲は、赤く腫れあがってしまったのだ。


 くそっ、幼稚園児めっ!親のしつけが悪すぎる。


明日、大学に行ったら、教官が、「はーい。シャッフルしまーす。」とか言って、私のペアを美香の女の子と入れ替えてくれないかな・・・っていうか、美香は、私の親友なんだから自ら進んで子供を差し出し交換を申し出て、女の【友情】が固いことをしめすべきだと思う。


そんな夢のような話を考えているうちに、私は、本当に【ゆめのなか】に旅立っていた。


◆ 2日目の愉悦 ◆ 大学3年生の空野しずくさん ◆


金色の紙で折った星型の折り紙を前に、まなぶ君の目が輝いた。


「立ち上がらずに静かに座って居られたら、お星さま1つあげるね。」


 ちょろいっ!


このくらいの男の子は、【きらきら】していて、とがっているものを見せれば、スグに喰いついてくる。


昨日の夜、どうやったら男の子を座らせたままおとなしくさせることが出来るか考えに考えて作ったのが、この金色のおり紙で折ったお星さま。


 どうだっ。まいったか!


しかし、敵もさるもの引っ搔くもの。


引っ搔くってなんだ?良く分からないが、お星さまで、一度は大人しくなったまなぶ君が、またすぐに私の言うことを聞かなくなる。


しかし、そんなときは、これっ。


「あれれぇ?まなぶ君、向こうにいっちゃうんだぁ。じゃぁ、このお星さまは、お外に飛んでいっちゃうねー。ほら、【流れ星】になっちゃった。ひゅーん。」


まなぶ君のお道具箱から、金色の星を取り上げて、きらきらひゅーん!


あっという間に、お星さまは、私のポケットの中へと飛んで行きましたとさ。


はい。ガキンチョ、戻ってきたぁ。


えぇい、このしずく様の頭脳プレイに恐れ入ってひれ伏すがいい。


こうして、まなぶ君を手懐けた私は、2日目の実習をつつがなくこなした。


「まなぶ君、今日は、お利口に座っていられたね。ほら、10個もたまってる。まなぶ君が、お星様を10個集めることが出来たご褒美に、このお菓子をあげるね♪」


 秘技!(禁止されている)内緒のお菓子で餌付け作戦っ!


飽きっぽい男の子が、明日以降、この金の星に釣られるとは、限らない。


ここは、パブロフだっ。


「星を集めると、お菓子をもらえる。」


この意識づけをすることで、ベルが鳴るとエサをあげたくなるパブロフが如く、明日以降もおとなしく座る男の子が誕生するのだ。


◆ 3日目の惨劇 ◆ 大学3年生の空野しずくさん ◆


まなぶ君の餌付けにすっかり成功した私は、3日目の午前も問題なくペア課題をこなした。


 どんなもんだっ。


私は、心の中でガッツポーズを決めた。


さぁ、そろそろ一休み。


午後の給食の時間がやってくる。


1日目、2日目と同じように、配膳のおばちゃんが、ガラガラとステンレス製キッチンワゴンに乗せたお昼ご飯を持ってきてくれるはずだ。


チャイム音とともに、がらりと教室のドアが開く。


そうして入ってきたのは、いつもの配膳のおばちゃん・・・


・・・ではなく、サングラスをした黒ずくめ男たちっ。


 えっ?なに???


「動くなっ!わたしは、日本を憂う政治結社『刷新再生路NEW新党』・・・略して『刷N党』の代表・立石花丸だ。わたしと同志たちは、この紀文化大学を占拠することで、私立大学教育の無償化を実現させるっ!」


ガガガガガガッ!


立石と名乗った男が、長い口上を述べ終った瞬間、隣の男の持つマシンガンが、火を噴いた。


「おい、吉村ノックっ!ラーメン屋じゃないんだぞ。そっちは、替え玉すくないんだから、ちっとは節約しろっ。」


「はい、立石閣下様」


吉村ノックと呼ばれた男は、その言葉に銃の連射を止めた。


どうやら、彼の持つ連発銃の弾倉の替えは、少ないようだ。


 バカに銃を持たせるな・・・


そもそもNEW新党は、新しいという言葉が重なっていて、閣下と様は、2重敬称になっている・・・


このコントのような一幕に、私は、恐怖を感じるというよりは、あきれはてた。


周りのみんなも、そうであったのだろう。


美香も、口をぽかんと開け、半笑いで男たちを見ている。


しかし、子供たちにとっては、そうではなかったらしい。


美香が担当する女の子は、大声で泣き始めていたし、やんちゃなまなぶ君でさえ、ぐずり始めていた。


「るせぇっ、黙らせろっ!」


立石を名乗る男が、美香に銃口を向けた。


私は、映画のワンシーンを見ていた。


いや、そんな感じでその場面を眺めていたのだ。


パシュっパシュ


小さな音がふたつ。


ドラマで聞くような派手な音ではない。


ぴく・・ぴくぴく


倒れた私の親友と女の子の胸は赤く染まり、その手足は、痙攣していた。


「黙らせろっ」と言いながら、男は、間を置かず、自ら美香と女の子を黙らせたのだ。


教室は、パニックに陥った。


子供たちは泣きわめき、私の同級生や担当教官は、子供たちの口に自分の手を当てて必死で黙らせた。


いつの間にか、美香の痙攣は、おさまっていた。


 子供が泣けば、撃たれる。


 猶予はない。


親友は、私にそのことを教えてすぐに逝ってしまったのだ。


そんな【友情】は、いらない。


こんな心細い状況だからこそ、生きて近くに居てほしかった。


私は、まなぶ君を抱きしめた。


◆ マザコン男 ◆ 大学3年生の空野しずくさん ◆


まなぶ君を落ち着かせるというよりも、まなぶ君が、私の精神安定剤であった。


この子をぎゅっとしていることで、銃の恐怖を少しでも紛らわせようとしたのだ。


私たちはひとりずつペアとなっている子供と手足をひもで結ばれた。


この最中、パシュっという小さな音が、ひとつ鳴って、実習の担当教官がいなくなった。


私のこの2日間の実習成績は、どうなるんだろう?


結構頑張ったんだぞ。


あぁ、現実逃避は、心の安らぎ。


しかし、結びがキツすぎる。


ほら、うっ血してるじゃないか。


私じゃなくて、まなぶ君の足が・・・


どうにかならないかな?


あっダメ、泣いちゃ・・・撃たれる。


美香が、命を代償に教えてくれたことを無駄にするわけにはいかない。


私は、ポケットから星を取り出した。


「ほら、まなぶ君、お星さまだよ。泣かずにいい子で座っていられるなら、1個あげちゃうよー。」


小さな声で、まなぶ君をなだめる。


「お星さまより、ママがいい。」


なんと、このわがままなガキンチョは、今この緊迫した状況で、自分の母親をお望みらしい。


 クショっ・・・何歳であっても、マザコン男は、私の好みではない。


「そうだねー。また、10個集めたら、今度は、ママが迎えに来てくれるからね♪」


だからといって、「無理っ」と言うわけにもいかず、妥協案。


星10個たまるまでに、このバカなテロリストさんたちが退去してくれるだろうか?

(大きな問題を抱えつつ)後編へ続く→

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