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裁く者


 この世界には数えられないほどの悪が溢れている。

 いじめ、自殺、虐待、強姦、裏切り……あげていけばきりがない。

 人は欲深い、傲慢で普遍を嫌い現状に満足できないのだ。

 故に過ちを犯す。

 自身の快楽や悦楽の為に、他者の幸福や権利を蔑ろにする。

 自分が一番特別だと、自分自身がよければいいと。

 人の悪とは、幸福を望むことにあるのだ。

 かの有名な作家は言った。

「罪と罰はシノニムである」

 と。

 対して別の作家は。

「罪と罰はアントニムなのだとしたら」

 と。

 しかし、俺の答えは明確だ。

「罪」とは「悪」で、「罰」とは「正義」なのだ。

 悪は裁かれるものであり、正義とは裁くものである。

 悪はどんな形であろうと悪である。

 そこに慈悲など必要ない。

 そして、それら悪に共通して言えるひとつの事がある。

 それは……


――とても、胸グソ悪いということだ。



「ふぅ……目的のダンジョンまであと少しね」


 木々の生い茂る深く大きな大森林。その北東部、崖が口を開いたように入口を構える大きなダンジョンがある。そのダンジョンの難易度は初級者向け……といっても、私の住んでいた街にこのダンジョンを攻略できた冒険者は二人しかいなかった。

 そのどちらもB級冒険者……私よりも二つ高い。

 パーティを組まない私にとって、一人でこのダンジョンの攻略は不可能に近い……ではなぜダンジョンへと向かっているのかって?


「ふぅ……地下十階層まで続く渓谷のダンジョンの、約二階層辺りに出現するロックスライムの素材……それが五つかぁ……九日後には帰れるかな」


 私はルナ、この近くにあるコレット街のD級冒険者だ。年齢は今年で十七とまだまだ未熟だけれど、わりと若いうちから冒険者になる人は沢山いる。

 冒険者……それはギルドからの依頼を受けて、アイテム収集や魔物討伐、護衛なんかをこなして報酬を貰ったり、ダンジョンの攻略を目指す者たちを指す。

最低ランクがE級で、D、C、B、A……そして国をひとつ滅ぼせる程の力となるS、G級がいる。基本的にはレベルや報酬の達成度合いなどでランクが昇級するが、B級以上からはギルドや国王の推薦などが絡んでくるので、そう数は多くない。ましてやG級なんて……もはや一人もいないし、ただの飾りだ。


「それにしても……こんなに暗かったっけ?まだお昼頃なのに」


 ふと私が周りを見渡すと、いくら森林だからといっても異常な程に周囲が暗く、視界が非常に悪かった。

 でも道が整備されていた為、迷う心配は無さそうで安心した。

 それに魔物が襲ってこようと、この森程度の魔物なら今の装備で十分対応できる。

 半袖で動きやすい布地の服で、胸部には金属製のチェストプレートがついている。武器は鋼の剣と、一応弓を装備していた。


「まぁ……別にモンスターの気配もないし、このまま」


――ゴンッ!


 突然の出来事だった。

 ふと頭部に酷く鈍い痛みが走り、全身がよろっとふらつく。目の奥がじんわりと熱をともしているように感じて、頭の中が焼けるようにあつい。

 何が起きたのか考える前に、私は一定の思考力を失いただその場に立ち尽くす。

 その場に立っているだけでも辛かった私はおぼつかない身体を無理やり振り向かせようと力を振りしぼる。

 するとそこにはハンマーのような鈍器を持った髭のこい男と、その周りにも四人の男がニタニタと薄気味悪く笑っていた。

 そんな姿をボーッと見つめながら、私は地面にバサッと倒れ込み、額から血を伝らせながら意識を手放した。



 ガヤガヤと騒がしい声が聞こえる。

 笑い声……低い笑い声だ。

 うっ……頭が痛む。


「あぁ……そっか。私、突然襲われて……」


 回復してきた意識。私がゆっくりと瞼を持ち上げると、そこには焚き火を囲って何やら高笑いしている男共が目に入ってきた。

 周りは……洞穴?のようだ。岩に囲まれたこの場所は……アジト?

 雰囲気からして彼らは恐らく盗賊だろう……そうだ、早く逃げないと!


「……ん!?んんん!」


 手を前に持ってこようとした私、しかしその手は嫌なくらい頑丈に拘束されていて、左右の手と壁が鎖で繋がれていた。口には布が巻かれ大声を出すこともできない。

 咄嗟に声をあげようともがいた私は、自身の行動により盗賊たちに私の目覚めを知らせてしまうことになった。


「おぉ……起きたか嬢ちゃん。安心しな、頭の方は死なない程度に回復してやったから。にしても……一人で森を出歩くなんて、危ねぇぜ?誰かに誘拐されちまうかもしれないからなぁ?」

「んんんん!?」

「何言ってんだかわかんねぇよ!テメェは俺らに売られんだ。人間の女は知性もあるし需要がある……高く売れんだよ」


 男共が地面に座り込む私を見下すように眺め、そんなことを言う。武器も取り上げられ、装備だって布部分以外の丈夫な所は全て撤去させられてしまっていた。

 なんて律儀な盗賊なんだろう。

 五人の男の中、背の高い一人が私の全身を舐めまわすように見つめ、気味の悪い視線で舌なめずりをしていたかと思うと不意に口を開く。


「なぁお頭、この女抱いていいか?」


 その言葉に、私はゾッと背筋を凍らせて顔を青白くした。

 背の高い男の言葉に、そのお頭と呼ばれていた男以外はみんなニヤニヤと私の胸や股辺りに視線をやり、賛同の声を上げる。

 私は目を見開き、ただガクガクと膝を震わせる事しか出来ない。

 今まで自分には恋人がいたことも無い。

 勿論そういう経験も……それなのに、初めてをこんな奴らに奪われるなんて、絶対嫌だ!


「……あ?んだとテメェ」


 涙を堪えるように肩を竦めていた私、しかし私を穢そうとしているのは全員ではなかったようだ。

 突如空気が変わったかのように場が静まり、お頭が顔色を変えて酷く怖い表情をしながら背の高い男の元へと向かって足を進める。


――バチィィンッ!


 次の瞬間、部屋の中に甲高い音が響き渡る。

 ぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開くと、目の前には最悪の結果が広がっていた。

 背の高い男の頬をぶったお頭は、私の方を見つめてニヤッと笑みを浮かべたかと思うと、服を脱ぎ始めた。


「まずは俺からだ」


 私は涙をこぼした。表情を真っ青にしながらも、固定されている腕を無理やりガチャガチャと動かして必死に抵抗する。目の前にいたお頭はもう既に服を脱ぎ終えて、私の目の前に嫌なものを、見せつけるようにそびえ立たせる。


「……ん、んんんん!!」

「お前ら二人は入口を見張ってろ。おいおい、暴れんなよ……大丈夫、痛いのは」


 お頭は私の下半身のスカートを強引に握り込むと、ギュッと力を込める。


「初めだけだ」


 ビリィィッ!と音を立てながら、私のスカートは無慈悲に破られて下着を露わにする。


「んんんん!!んんんんんッ!!」


 私は頭を必死にブンブンと横に振るが、ニタニタと笑う男は動作を止めずに私の服を完全に引き裂いた。


「いい身体してんなぁ……じゃあ、こっちの具合は」


 すっかり服を脱がされ、下着だけになった涙目の私。男が私の下着に手をかけ、ゆっくりとしたへずらそうとしてくる。


「んんんん!!」


 あぁ……どうしてこうなったんだろう。

 こんなんなら、初めから意地をはってないでパーティを組めばよかった。散々ギルドや親からの忠告を無視して、人間関係が面倒だからっていつも一人で行動した罰が下ったんだ。

 好きな人とがよかった……もっと自由に生きていたかった……。


 あぁ……嫌だ……嫌だよう。


 だれか……


 助け……て……


――チリンッ。


 不意に鳴り響く、その聞いた事のない音色。

 金属が発している音のようにも聞こえるけれど……こんな音は聞いたことがなかった。

 ハッとした私と同様に、盗賊たちは全員その場に固まって周囲を見渡す。


「な、なんの音だ……!?」

「わ、わかりません。お頭、魔物ですか?」

「いや、こんな金属みたいな音を出す魔物は森にいねぇよ……なんなんだ?」


 まさか……人?誰か助けに来てくれたの!?


――チリンッ。


 再びその独特な音が洞窟内に響き渡る。


「ちっ……おい、お前ら!早く外の様子……を?」


 盗賊が言葉を止めてその場に凝り固まる。地面に押し倒されていた私には角度的に見えないので、身体をよじって無理やり盗賊の横からその奥を覗き込んだ。


「お、お前……誰だ?」


 そこには一人の青年が立っていた。

 黒く足先まで伸びているような布を羽織り、全く防御力のなさそうな服装。

 真っ黒で眉辺りまで伸びている髪に、まるで龍に睨まれているかのような威圧感。

 そして……その私と同じくらいの年齢の青年が歩くと、チリンッと音を発した。

 ふとその青年の足を見ると、靴の側面に金色の小さな玉が付いていて、恐らくそこから音が鳴っている。


「お前は誰だって聞いてんだよ!」

「……これは酷い、最悪だ」


 青年はチリンッと音を鳴らしながら少しづつ私たちの方へと近づいてくる。


「お前……その子に何をしようとしている?」

「……なに?」

「おっと、悪かった。その哀れな格好をみれば一目瞭然だね……で、手は付けたの?」


 呆れるようにため息をつきながら、淡々と問い詰めるように話す青年。


「テメェが来たせいで中断だよクソッ!おい!お前ら、何やってる!とっととこいつを殺せ!」


 お頭がそう大声を出すと、さっきの男共が一斉にこの場に集まってきて……とはならなかった。

 洞窟内は静寂に包まれていて、誰の声もなんの音もしない。ただ焚き火がパチパチと燃えている音のみだ。


「お前ら?……あぁ、アレのこと?」


 そう言って少年が自身の後ろ側……洞窟の入口と思われる方向を指さす。するとそこには、大きな黒い影と、その周りに小さな岩のような物が四つ広がっていた。

 四つ……まさか!


「お、お前ら……なんだよその姿ッ!」


 焚き火が新しい木材に引火し、火を一段階強めると同時にその姿が顕になった。

 私はそれを見て目を見開き、思わず肩をガタガタと揺らして吐き気を催す。


 そこには口を刻まれて、カヒーッカヒーッと呼吸をする、四肢を失った四つの塊と、もがれた手足を無理やり繋げて作られた一つの大きな木のようなオブジェがあった。


「アレは俺を襲ってきたからね……一つ一つ爪を剥がして塩をかけた後、身体の末端をヤスリで削っていって、最後にはノコギリで四肢を落としてやったよ。いやぁ……入口に人を立たせるのは良くない、アジトがバレバレだ」


「なん……だと?全く音がしなかったぞ?それに、そんな時間はなかっただろ!」

「それは……はぁ、もういい。一々説明するのも飽きた。さっさと終わらせよう」


 そう言うと、青年はまた表情一つ変えずにこちらへと向かって歩み寄ってくる。またチリンッ……チリンッと音を立てながら。


「く、来んじゃねぇ!火炎球(ファイアーボール)!」


 そう言うとお頭とやらは両手のひらを青年に向けて火炎魔法を唱える。

 するとすぐに手の前に魔力で構成された炎の塊が顕現し、焚き火なんて比じゃない炎を勢いよく青年へと飛ばした。


――パチンッ。


 青年が指で音を鳴らすと、私とお頭は呆気にとられる。

 その音がなると同時に、その炎は突如姿を消したのだ。


 魔法が……消えた?


「何しやがったんだ!クソッ……お前、ほんとになんなんだよ化け物め!火炎爆破(フレイムバースト)!」


 あれは、B級冒険者の炎属性が使う中級魔法!そんな強力な魔法を使えるの!?というか、こんなの洞窟で使ったら崩れてしまう!


「どうせ死ぬなら道ずれだァァ!」


 大きく手を横に広げて胸の前に出現した魔法陣に魔力を溜めるお頭。

 さっきの下級魔法であるファイアーボールとは比にならない威力と魔力を宿すそれを数秒かけて構築し、躊躇なく殺意の籠った眼で青年へと思いっきり放った。洞窟全体を昼間の屋外よりも何十倍明るくして空間を切り裂くように駆け抜けるその炎。それは歩み続ける青年のすぐ目の前へと迫った。


「しつこいなお前」


――パチンッ。


 しかし、再びその音によって魔力は突然空中に散乱したかのように魔法は解除されてしまう。

 お頭にとってはこの技が一番の秘策だったらしく、為す術をなくしたこの男は額に汗を浮かべながら必死に男へと言葉をかけた。


「ま、待て!俺たちがテメェに何をしたってんだよ!」

「お前らは罪を犯したんだよ」

「は?罪だと?」


 もう十メートルも離れていない位置まで迫った青年は歩みを止めずに淡々と静かに語る。


「罪……それは悪だ。自身の業による悪事を働いた者には罰を与える」

「じ、じゃあ……お、俺らの罪は……一体なんだ」

「簡単さ」


――俺が胸グソ悪いと感じた責任……つまり俺へ対する不敬だ。


 男は一つため息をつくと男の目の前に立ち止まり、見下すような瞳をうかべながら小さく呟いた。


「神級魔法、仮初の新世界(アナザーヴェルト)


 青年がそう唱えると、私は信じられない光景を目にする。元来、魔法とは魔力によって特別な力を構築することを言う。下級魔法は詠唱……魔法を叫ぶことにより魔力を変換し、中級魔法はそこに加えて魔法陣という魔力の型番を必要とする。そして上級魔法、超級魔法は魔法陣を三つ同時に展開するか、もともと魔法の形を記憶されているアイテムを使用するしか無かった。魔法陣を三つ形成……それは同時に三つの魔力を処理するという神業……S級冒険者がやっとできるような技だ。

 なのに、なのになのになのに!

 私は今、夢を見ているのだろうか。この世の理を無視しすぎている。

 青年は自分を中心にするようにして、見たことの無いサイズの魔法陣を円形に八つ展開し、足元、頭上で系五つ、両手のひらで一つづつ……十五の魔法陣を同時に展開していた。

 今までの私の常識を覆すその光景は、まさに神のようで……逆にそこまでのエネルギーを必要とする魔法を私は知らない。


――周囲を眩い光に包まれたかと思い、目をぎゅっと瞑る。再び目を開くと、私は声をもらした。


「……え?一体何が」


 私は目を疑った、そして自身の声が出ることにもハッとした。

 周囲にあった岩肌は姿を消し、私の拘束具も外れていてもとの装備を着用した状態でその場に立っていたからだ。お頭も服を着用した状態で私の前に混乱した様子で立っている。

 私たちの周りの風景はもう洞窟なんかじゃない……まるで魔王城だ。

 刺々しく青い岩が天に向かって伸び、真っ黒な空に一つ不気味なほど大きな蒼い月が浮かんでいる。


「さぁ……罪を償え」


 突然空間全体にそんな声が響き渡り、私たちがキョロキョロと辺りを見渡していると月の中から小さな影がどんどんこちらへ迫ってきている。

 それは紛れもなく、あの青年だった。

 しかし姿は全くの別物……黒い布はマントのように風に靡き、黒い髪は先端を白く染めて目を青く光らせている。

 魔物……とは違うが、人とは呼べない。


「……神」


「ではどう処理してくれようか……そういえば、貴様は炎属性の魔法を得意としていたな?」


 口調も声色も、さきほどの凛としていた青年とは全く違う。だが、それが青年だということだけは確かに感じられた。だって、両者共存在感がおかしいのだから。


「ま、待て!お前は一体……なんなんだよ!?」

「俺は……そうだな。貴様ら悪を欲望のままに裁く者だ」


 お頭は青年に睨みつけられると同時に床へ膝をつき、そのまま絶望したと言わんばかりに空を見上げて動きを止める。私はその二人のやり取りを見つめながら、内心凄く複雑な気持ちだった。

 さっき、盗賊に犯されそうになった。で、とんでもない人物と遭遇して救われかけている。

 が、私の事なんて眼中になく一緒に殺されるのかもしれない。

 そんな私のことなんて気にもせず、青年は空間いっぱいに声を響き渡らせながら魔法を唱えた。


「超級魔法、地獄炎(インフェルノ)


 そこから先のことは何も覚えていない。その青い月よりも大きく広がった炎の口を見つめていたら意識を手放してしまったのだ。しかし、その炎の色が色とは呼べない、色彩を超えた何かの見た目をしていたことは覚えている。



「こ……ここは」


 私がゆっくり目を覚ますと、どこか知らない部屋の天井が視界へ飛び込んでくる。

 ここがどこかは分からないけれど……とりあえず安全そうで安心した。


「お、目が覚めた?」


 ふと私の目の前に顔を覗かせた青年、その顔は無表情で何を考えているのか全くわからない。


「うわぁぁあ!?」


 私は突然のその状況にベッドから跳ね起きて部屋の角へと後ずさる。


「あの……え、えっと……あれ?服……」

「あぁ、ビリビリに破れてたからとりあえず替えを買ってきた」


 そうか……じゃあ、夢じゃないんだ。

 それに、あの後この青年がここまで運んで来てくれたのかな。


「あの……ありがとう、ございます」

「別にいいよ、君を助けに行ったんだし」

「え、私を?」


 私が目を丸くして青年を見つめていると、青年は服の裾をパッパッと伸ばして私の向かいにある窓の方へと移動する。

 そして窓を開けると同時に青年は小さく呟いた。


「アレナ、そっちは片付いた?」

「はい、ご命令の通りに五つとも処分してきました」


 気がつくと部屋の中に入っていたローブ姿の金髪の女性に、私は驚きのあまり声にならない叫び声をあげて口をパクパクする。


「それで……この女はどう致しましょうか」

「いや、このままでいい。精神的なダメージも見受けられない……すぐに復帰出来ると思うしね」


 よくわからないけど……私をどうするか?について話しているのかな。


「では……失礼致します」

「うん、また」


 そう言うと彼女は風のようにその場から姿を瞬時に消してしまった。私は何が何だかわからずに青年へ声をかけようと振り返る。

 が、そこに青年はいなかった。


「一体……なんだったんだろう」


 私は開きっぱなしの窓を見つめながらその場に佇む事しかできなかった。



 一つの罪を抹消し、俺は彼女のヒーローになった。

 けど、この胸の奥にある苛立ちは収まることを知らない。

 所詮は偽善……なのかもしれないな。

 ゲナの森林から山を超え、遥か先にある魔物の住み人間の少ない大地である魔王区域。禍々しいその大きな湖の中心にある孤島に一つの城が聳えていた。

 黒く威圧感のあるその城は、魔王城ではない。

 魔王城であればどれほどよかったか。

 魔王が最強であったらどれほどよかったか。

 この世の理を超えてしまった者が現れてしまったのだ。


「「「「「おかえりなさいませ」」」」」


 城の王座、カーペットの横にひれ伏す五人の従順な仲間とそれを取り囲む無数の人間に魔物。

 堂々と顔色一つ変えずにその場を通過し、ゆっくりと腰をかける。

 そして俺は微笑むような笑顔をうかべながら皆に伝えた。


「まぁ、そう身構えなくていいって」


 すると一番近くにいた五人の従者の一人が顔を伏せたまま口を開く。


「お言葉ですが、我らの忠誠心は絶対でございます。リヒター様がそう申しましても、我らがお許しできませんのです」

「そういうものかねぇ……」


 今度はその向かいにいた従者が顔を上げる。


「リヒター様、どうかこのように接する事をお許しくださいませ」

「「「「お許しくださいませ」」」」


 みんなかしこまってそう伝えてくる。

 俺的にはもっとフレンドリーな感じでもいいと思うんだけど。


「まぁ、みんながそれでいいならいいよ」


「はっ!深く感謝致します。それで、お次はどのようなご命令を頂けるのでしょうか」


――我らが神、リヒター様。

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