ある一日
水城 麻衣は家の階段を規則正しい足音を響かせながら軽快に上っていた。
時期は中三の冬。
受験も近付いてきて勉強も終盤に差し掛かってきた。
二階に上ってすぐの扉をノックもなしに用件だけを言いながら開けた。
「お兄ちゃん、参考書か・・・して・・・」
ドアノブに手をかけたまま固まってしまった麻衣を中にいた兄の誠は不思議そうに見ている。
「どうした?麻衣。変なものを見たような顔をして・・・」
「あ、いや、その・・・参考書貸してほしいなと・・・」
「ああ、ちょっと待って」
誠は何事もなかったように机の棚を「どこやったかな?」と詮索し始めた。
「初めまして」
いつまでもドアのそばから動かない麻衣に不意に声がかかった。
「あ、ども」
反射的に答えた麻衣の前には艶のある長髪が印象的な、見るからにキレイな女の人が座っている。
年は、誠より年上かな・・・二つ上の二十歳というところだろうか、笑うと年より幼く見えて可愛らしい。
この世に生を受けて十五年。
今まで誠の部屋に女の人が来たことなど一度たりとも無かったのでこの事実はあまりにも衝撃的だ。
・・・今日、客人が来るなんて聞いてないよ・・・?
「お、あった」
誠はさほど厚くもない本を三、四冊抱えへらへらと笑いながらやって来て、ほいっと麻衣に手渡した。
「今から勉強か?ご苦労なこって」
「まぁね、三年間の復習を今のうちからしておきたいし、苦手な部分も克服しないと」
「うん、感心感心」
「ねぇ、それよりあの人・・・」
ちらっと視線を向ければ、向けられた本人は気づくこともなく部屋の一角をジッと見つめている。
「ああ、あの人ね、ダチに紹介してもらってさ」
「・・・へぇ」
妙に嬉しそうに話す兄をすっきりしない顔で見ていた麻衣は溜め息を付いた。
「・・・何だよ」
そんな麻衣を訝しそうに見ていた誠は我慢の限界、と口を開いた。
「何でもない。参考書、しばらく借りとくね」
「?・・・・・・うん」
頭の上にデカデカと具現化して出てきた「?」を見なかったことにして麻衣は扉を閉めた。
(私、もしかしてブラコン・・・?)
すぐ隣の自分の部屋へ入った麻衣はベットの上で頭を抱えていた。
隣の部屋では楽しそうな男女の笑い声が響いている。
気を紛らわせようと机に向かうが二人の話し声が妙に耳に付き勉強も手につかない。
すると突然隣から「あ!」と心底驚いたような二人の声が重なって聞こえた。
あまりにも大きな声だったのでびっくりして振り向くと、そこには今まで居なかったはずの『何か』が立っていた。
「・・・・・・え・・・?」
一瞬ワケがわからず声が出せなかった。
「麻衣!」
バン!といっそ清々しいほどの音を立て開いたドアから切羽詰まった顔の誠とさっきの女の人が入ってきた。
「水城さん!妹さんを部屋の外へ!一緒に隠れていてください!」
「わかりました!麻衣、出るぞ」
「え、え?」
あまりの事に動けなくなっていた麻衣を抱えて誠は部屋の外へ飛び出した。
ドアを閉めた麻衣の部屋では凄まじいほどの物音が響きわたっている。
「ねぇ!あの人誰なの?一体部屋で何を・・・」
「気付かないか?あの人ちょっとは有名な霊媒師さんだよ」
「え・・・霊媒師?」
この間、妙なモノ連れて帰っちゃって、と苦笑いをする誠を前に心の底で安堵のため息を付いた麻衣だったが、ふとある疑問が浮かんだ。
「お兄ちゃん、お祓いとかってキライって言ってなかった?」
「・・・まぁな」
普段から「浮遊するヒトたちの意見も聞かずに無理に祓うのは好かない」と言っている誠である。
いつもなら、ついて来れば解決できる範囲の事はしているし、無理だと判断すれば元の場所に返している。
その誠が霊媒師を呼ぶだなんて考えられない事だった。
「でもなぁ、アレは俺ごときがどうにか出来る相手じゃなくってさ。もう落ちるとこまで落ちてるから俺の言うことも聞いちゃくれないし」
流石に困ってなぁと笑いながら付け加えた。
この笑いを見ると、とてもじゃないが困っているようには見えない。
「んで、そういうのに詳しい友達に話したら信用出来る霊媒師がいるって紹介してもらったんだよ」
どういう友達だよ・・!
「・・・そう、なの・・・」
なんか、心配して損した気分だ。
「お、音が止んだな」
「あ、そういえば」
ガチャっと静かに音を立て開いた扉の奥から霊媒師が顔を覗かせた。
「ごめんなさいね。時間掛かっちゃったかしら?」
「いえ。早いくらいですよ」
笑いながら答えた誠に満足したらしい霊媒師は、今後の対処について、と誠にアドバイスを送っている。
その間に部屋を覗いた麻衣は愕然とした。
どうやって暴れたかは知らないが、部屋の中は思ってた以上にグチャグチャだ。
部屋を覗いたまま動かない麻衣に気付いた霊媒師が慌てた様子で話しかけてきた。
「あ、えっと。麻衣さん、だったかしら。ごめんなさい部屋散らかしちゃったわね。すぐに片付けるわ」
そういって苦笑いをした霊媒師に麻衣は笑って答えた。
「大丈夫ですよ。どうせもうすぐ模様替えをしようと思ってたんです」
「そうなのか?じゃあ手伝うよ。元はといえば俺の責任・・ぐぇっ」
部屋を覗いていた誠は初耳とばかりに口にしたがいきなり麻衣から首を掴まれ最後まで言うことができなかった。
「そう、元はといえば全部お兄ちゃんのせいよ。勉強も手につかなかったし、部屋だってめちゃくちゃ。模様替え、きっちり最後まで付き合ってもらうわ」
「・・・・・・・・・ゴメンナサイ・・・?」
一つ関係無いのが混じってないか?と思いながらも麻衣のあまりの気迫に誠は恐々と顔をひきつらせ、それを見ていた霊媒師は「仲の良い兄妹ね」と優しく微笑んでいた。
模様替えも無事終わり、くたびれモードの誠と心持ちすっきりした顔の麻衣は、模様替えに律儀に最後まで付き合ってくれた霊媒師を近くの駅まで送っていた。
「今日はホントありがとうございました」
駅に着き電車がもうすぐ来るか来ないかという頃になって、誠はお礼の言葉を述べながらぺこりとお辞儀をした。
「いえ、妹さんにも迷惑かけちゃったし・・・お礼を言うのはこっちの方だわ、今日はホントに楽しかった。また遊びに来ても良いかしら?」
にっこりと笑って言われては、断る方が後々気分が悪い。
「もちろん!いつでも来てください」
こちらもにっこりと笑って誠より早く麻衣が言った。
それを聞いて、誠が心底驚いたような顔をしているが気づかないふりをした。
「あら、電車が来たわ」
ふと気が付いたように線路に顔を向けると確かに霊媒師さんが帰るための電車がこちらに向かって来ていた。
「じゃあ私はこれで」
手を振ってさよならしようとしている霊媒師を麻衣は慌てて呼び止めた。
「あ、待って!名前、聞いてなかった」
それを聞いてそう言えばと霊媒師はこちらに振り向いき満面の笑みで答えた。
「私は東雲 颯希っていうの!よろしくね麻衣ちゃん」
「しののめ さつき・・・さん・・・か」
今し方聞いた名前を麻衣は小さく繰り返し、手を振り電車に乗っていく彼女を曇りのない笑顔で見送った。
友達から「主人公に恋をさせるべき!」と言われ書いたのがこれ。誠君・・・尊敬はしてるようだけど恋心は咲かなかった様子・・・。 なんでこんな話になったのやら^^;