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第18話《ずっきゅん、どっきゅん》


シスカ・ウェル・バレンシアには、二つの顔がある。バレンシア王国第一王女としての顔、そしてもう一つ、王国騎士団団長〝銀麗剣鬼〟としての顔だ。

第一王女としての顔は、さっきも言った通り。王位継承権を放棄した、第一王女という肩書きだけを残した王女、シスカ・ウェル・バレンシア。

当初、王族の血を引きながら王位継承権を放棄するとは何事か!というのが貴族達から上がった声だったが、その反対意見は半月もしない内に覆る事になる。

——王国騎士団、歴代最速での騎士団長就任。

それが、シスカ・ウェル・バレンシアが王位継承権を放棄してまで目指した場所であり、彼女のもう一つの顔となった立場であり、王位継承権を手放して正解だったと貴族連中に思わせる事の出来た正真正銘の実力だった。

そんな、彼女の伝説の一端がこれだ。


騎士団入団初日、シスカ・ウェル・バレンシアはまともに剣を持ち上げることすら出来なかった。


騎士団入団一ヶ月目、入団初日から一ヶ月間、二十四時間休む事もなくひたすらに剣を振った。


騎士団入団二ヶ月目、付けられた棒振りのアダ名にも慣れた頃、二十四時間の剣振りを十二時間に削減し、彼女はその空いた時間で騎士団団員の動きをひたすらに見続けた。


そして、騎士団入団三ヶ月目、王国騎士団団長を含め、王国騎士団員総勢二百六十五名、騎士団という丸々一個の軍隊を相手に模擬戦を挑み——圧勝。


無事に、シスカ・ウェル・バレンシアは王国騎士団団長という立場をもぎ取り、それからの日々も、その類まれなる武の才で数多の功績を積み上げ続けた。

銀の髪を棚引かせ、無数の屍を戦場に詰む〝鬼〟。その姿正しく——〝銀麗剣鬼〟。


「はい、ミューネ。あ~ん」

「あ~ん」


そんな〝銀麗剣鬼〟も、大好きな妹の前ではこのザマである。

蕩け落ちてしまいそうな恍惚顔で、チョコケーキを掬いとったスプーンを私の口まで運んでくれるシー姉。

可愛い姉にダダ甘に甘やかされる日々、実に最高な日々だろうけど、一ヶ月もしない内に堕落しそうだ……。


「あ、ずるい! 私も、ミューネちゃんにあ~んしたい!」


と、もう一人の姉、ニア姉もこの調子。悪い気はしないけど、一向に本題に入れる気配がない。

一応、これから私、まだ行く所あるんだけど……。まぁ、甘い物には甘んじますけど?。


「こ、ごほ……こほん……っ」

「ジーク兄様、何ですか……? 今、妹とのスキンシップの途中なんですが。邪魔しないでくれます?」

「そうよぉ? まだ私、ミューネちゃんにあ~ん出来てないんだから。もうちょっと待ってて頂戴、ジーク」


ナイス、ジーク兄!と言いたい所だけど、本題に入る空気を作る前にシー姉とニア姉に阻止される。

が、男として、第一王子として、此処は一歩前に出る。妹達に言いたい放題言われっぱなしで終わるジーク兄ではないのだ。


「お、俺も! ミューネにあーんしていいか……?」


…………………………。

…………………………………………。


「「「……はい?」」」」


思わず、女性陣全員で首を傾げてしまう。

まさかの、ジーク兄まで妹へのあーん要求。妹相手にあーんをしたいとは、まぁ、兄妹なら変ではないんだろうけど……姉様方の顔が物凄く引き攣ってしまっている。

二人揃って私を抱き寄せ、完全にケダモノから守る体制だ。


「な、何だよ……! 俺も、ミューネが大好きなんだ! 兄が妹とスキンシップを取りたい、それは至極真っ当な感情だろ?」

「いや、まぁ、そんなのでしょうが……。ジーク兄様は何故か、変態臭がします……」

「そうね。なんか、体がゾワゾワってしたわぁ……」


これまた酷い言い草。ていうかこの兄弟、皆、私の事好き過ぎじゃありませんかね?。まぁ、悪い気はしないけど……。

取り敢えず、此処は、ジーク兄の要求に応じてあげようかな。流石に、ずっと姉様方に言われっぱなしで可哀想だ。


「私は、別にいいよ?」

「……え? ミューネ、正気!?」

「え? 私の番は!?」

「正気も正気。シー姉もニア姉も、ジーク兄の事雑に扱い過ぎなんだよ。あ、ニア姉はお預けね」

「そんなぁあ!」


より抱きしめる力を強くするシー姉と泣きついて来るニア姉。そんな二人の束縛を振り解き、私は椅子と一緒に対面の席に腰掛けたジーク兄の隣まで移動する。

自分で言って置きながら、ジーク兄はモジモジと緊張した様子だ。ちんポジが悪いのかな?。


「……いいのか? ミューネ……」

「そんなに恐る恐る聞かないでも……。ジーク兄なら、いいよ」


あざとさMAX。ジーク兄なら、と付ける事で自分ならあーんしても良いんだと、もしかして自分の事が好きなのか?と思わせる事の出来る高等テクニック。

まぁ、兄相手にしても何の得もないんだけども。ずっと罵られ続けたジーク兄へのご褒美という事で、私は目を瞑り、ジーク兄の前で口を開けた。


「…………」


走る緊張感。目を閉じていても伝わってくるそれに、私は片方の目だけを開ける。

既に、ジーク兄の持つスプーンにはショートケーキが乗っている。準備は万端の様子。が、その手は極度の緊張感に震え、無駄にイケメンなその顔ががちがちに強ばってしまっている。焦れったい……。

ついでに、ちらりと姉様方の方も確認してみると、なんか、物凄い顔になっていた。まるで、般若のお面の様だ。


「……い、行くぞ……」

「どうぞ」


ジーク兄の覚悟が出来たらしく、私は再び目を瞑る。

より増した緊張感。開けた口に、恐る恐るといった様子でショートケーキが放り込まれる。その欠片も残さないように、私はスプーンを唇で挟み、口の中から抜き取られるスプーンに合わせて残りを舌の上へ。

唇からスプーンが離れ、舌に乗ったショートケーキを味わってから飲み込む。

目を開けると、ジークの顔は湯気が出るほど真っ赤に染まっていた。意気消沈、といった感じだ。


「よく出来ました」

「……あ、ありがとう……」


と、これで家族とのスキンシップは完了、かな。

流石に、そろそろ本題に入っても良い頃合だろう。


「ジーク兄、そろそろいいかな?」

「あ、あぁ。構わない」


夢現、といった様子だったジーク兄。さっきとは別の角度から来る緊張感に、ジーク兄の意識は一気に現実へと引き戻される。

私からジーク兄への用事。今まで何度かはあった事だけど、そのどれもが、まともな用事だった事はない。

ジーク兄はそれを理解しているから、第一王子が普段見せる真剣な顔を繕い、その背筋を真っ直ぐ正した。


「私達、席を外した方がいい……?」

「その必要はないよ。シー姉にも、ニア姉にも、聞いて欲しい内容だから」


そう、これはジーク兄だけの用事、問題じゃない。

第一王子にして、国の頭とも言われる情報機関——クライシス。そこの頭脳とも呼ばれるジーク兄に伝える事で、情報共有の短縮、クライシスや王国騎士団、兄妹達に手早く伝わると判断しただけに過ぎない。

今、国の頭と矛、双頭とも呼ぶべき二人が揃ったこの場は、何よりも私にとって好都合な展開。

息を呑むシー姉とニア姉とジーク兄、三人の緊張した顔を真っ直ぐに金瞳に映して、私はこう切り出す事にする。


「■■■■■■■」


瞬間、発した声が何かに遮られた。


「え?ミューネ、今何て?」

「私も聞き取れなかったんだけど……」

「どこかの国の言葉、ですか?」


擬音、ノイズが走った様な言葉とは到底呼べない音。三人が、怪訝な面立ちで私を見つめている。

決して、今のは私が行為的に起こした事象じゃない。シー姉が言った様な他の国の言語なんかじゃ断じてない。


「ちっ。忌々しい……」


思わず、私の口から舌打ちが零れた。

が、直ぐに私は平常心を取り戻して——。


「いや、何でもない。ただ、二週間後のマト祭りについて三人に話しておきたい事があって」

「マト投げ祭り……。そう言えば、もうそんな時期ですか」

「もう、シスカったら。毎年参加してるのに忘れてたの?今年も参加するんじゃないの?」

「勿論、参加します。この国の矛たる私が、王国騎士団長がどれだけ皆にとって頼りになる存在か、それを皆さんに知って貰える絶好の機会なのですから」

「流石、騎士団長様。どうしよう……。私も今年は参加しようかしら」


段々と、話の流れが怪しくなる気配。只事ではない空気感を出して置いて、私が三人に話したかった内容がこれなのだから仕方ない事だけど……。

ニア姉とシー姉が、既に脱線気味だ。どうしよう……。


「で! ミューネ。マト投げ祭りについて話しておきたい事って?」


ナイス、ジーク兄。ジーク兄からの助け舟、勿論、私はそれに早々に乗りに掛かる。

今のノホホンとした空気感をぶち壊す言葉と、妹の可愛い可愛い満面の笑みを添えて。

——指銃三人に突きつけて、ウィンク。


「今年のマト祭り、私も参加していいって事になったから。三人も参加する予定があるなら、覚悟しといてね?」


ずっきゅん、どっきゅん。

二つの意味で、心臓を撃ち抜かれる妹からの宣戦布告。


「え、まじで……?」

「わ、私、辞退しまーす……」

「これは、うかうかしていられないですね……」


それはもう、皆、バツの悪い顔をしていた。

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