プロローグ 怪物は性根から怪物
いつも、妄想していた。
ここではない何処か。ありもしない別世界の情景。剣と魔法が衝突し合う、創作物だけに許された世界を。
例えばそれは、勇者が魔王を倒す英雄譚。
例えばそれは、新米冒険者が成り上がって行く冒険譚。
例えばそれは、転生特典で神様にチート能力を賜った俺TUEEEEな物語。
まぁ、何だっていい。剣と魔法が交わる世界であれば、何だって。
しかしながら、所詮、妄想は妄想である。幾ら妄想に耽けようとそれが現実に起こる事はないし、幾ら望んでも存在しない物は存在しない。
化学はあれど、剣はあれど、僕が望む〝魔法〟なんて非科学的な物は決して存在しない。
故に、こんな世界に意味などない。
僕が望むのは、妄想の世界でも、化学が発展した世界でもない。
あくまで、剣があって、魔法があって、自らの命を賭けられる場所があって、切実に〝生きている〟という実感を得られる自由な世界だ。
断じて、する事なす事に制限という名の枷を嵌められる窮屈な世界じゃない。
小学生の時、中学生の時、そして高校生の今も、ずっと傍に感じながら生きて来た。
皆、幸せそうに笑っている。皆、楽しそうに笑っている。皆、嬉しそうに笑っている。皆……皆……皆……皆……。
狭い籠の中、当たり前の様に笑顔を浮かべている。
断言する。この世界に真の自由は存在しない。
故に、僕は今流行りの〝あれ〟を実行に移す事にした。
それに当たって、僕がしなければ行けない事というのはそう多くない。全部、些細な事ばかりだ。
第一に、友達に報告する。第二に、唯一の肉親である妹に報告する。第三に……特にないので部屋に掃除機を掛けた。
決行の日は、決行を決意した五年前には決めていた。
七月七日。満月の夜。彦星と織姫が再開する、願いを短冊に書いて笹竹に吊るす、最も願いが叶いそうな日。
つまり、今日で、今夜で、今だ。
今日一日、それはもう充実した一日だった。担任に連絡を入れて学校を休み、笹竹と短冊を買い、願いを短冊に書き、短冊とは別に皆への手紙なんて拵えて——星空煌めく夜、こうして僕は屋上にやって来た。
真夏の夜空、空を仰げば夏の大三角が見える。
今日、この星空の何処かで彦星と織姫は一年ぶりの再会を果たし、抱擁を交わし、一年分の幸せを噛み締め合っている事だろう。
だから、僕もそんな二人の幸せに甘んじる事にする。
短冊と手紙を吊るした笹竹をコンクリートブロックに突き立てて、柵を跨ぎ、風を全身に浴びて、目を閉じる。
そして、僕は願う。〝それが〟現実になる様に〝強く〟。
願って、目を開けて、星空に流れる流星群を仰いで。
一歩。
「綺麗だ……。絶好の転生日和だな」
——僕は、マンションの屋上から飛び降りた。