アジアン介護士
2050年。新しい職業が誕生した。
アジアン介護士だ。
この国では高齢化が全く止まらず、二人に一人は後期高齢者になっていた。それなのに介護の制度は今一つパッとせず、特に介護施設の働き手が以前に増して減ってしまった。
そして、独特な施設が誕生し始めた。
そう、職員全員が技能実習生。彼、彼女らはとても優秀で優しい。母国の文化も大切にしている。だから、施設内でもそれらが存分に発揮される。
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ある施設。
ここでは職員は全員ベトナム出身とタイ出身だ。入居者は全員日本人。
施設を運営しているのが、ベトナム人とタイ人なので、施設の雰囲気はエスニック料理店に近い雰囲気だ。
まず、介護食はエスニック料理。とはいえ高齢者が食べやすいように独特のエスニックらしさはものすごく控えめにしてある。
今日は昼食にフォーが出た。中野のばあさん(96)が何やらぼやいている。
「このうどん。長すぎて飲み込めへん。もうちょい短く切って欲しいがな。後、この緑色の葉っぱ、けったいな味するで。腐ってるんちゃうか」
「中野さん。これ、うどんじゃないよ。フォー。ゆっくり食べましょ。緑色のはパクチーね。苦手なら残していいよ」
側について職員が話しかけている。
別の日はトムヤムクンが出たことがあった。その時は茂田のじいさん(88)が騒いだ。
「なんやこれ! ガリっていうたぞ!」
と口から何やら吐き出す。職員はティッシュでそれを受けとりながら
「茂田さん。これエビの殻。殻は剥いて食べましょう」
「そんな面倒くさいことあるか! 最初から剥いとけ!」
「まぁまぁ、そうかっかせずに。指先使うのはボケ防止になりますからね」
「ワシはボケとらん!」
こんな風に度々何かしら事件が起きるが、どうやら入居者は全員エスニック料理が好きらしく、なんだかんだ言っても毎回完食している。
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ここでのリハビリはタイ古式マッサージが取り入れられている。
タイ古式マッサージは、体のすみずみの筋肉まで伸ばすため、様々な形でのストレッチがある。自分一人で伸ばせない箇所を施術者がじっくりゆっくり伸ばす。そして、筋肉の緊張をやわらげ、関節の可動範囲を大きくし、血液循環を促進させる働きがある。
うつぶせの状態で職員が高齢者お尻の辺りに跨り、両腕を後に引っ張る。
片足を折り曲げた状態で横に倒し、もう片方の足を上に引っ張る。
腕を上げ脇の筋肉をぐーっと伸ばす。
どれも一般的なマッサージの態勢だ。
高齢者相手なので、職員は最新の注意を払って施術をする。しかし、毎度高齢者は「殺す気か!」「痛たたたーっ!」「もう、絶対やらん!」と盛大に叫ぶ。
しかし、やはり効果があるのだろう。毎回、「殺す気か」「痛たたたーっ!」「もう、絶対やらん!」と言っておきながら、職員が「今日はリハビリの日ですよ」と声をかけると、「仕方ないなぁ〜」と言いながら、満更でもない様子でリハビリ室に向かっている。
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レクリエーションではセパタクローがある。
セパタクローとは足のバレーボールとも言われる。
本来のルールは、
・1チーム3人構成。
・3対3で試合を行う。
・手や腕を使ってはいけない。
・守備の際のローテーションはない。
・1人連続で3回までボールにタッチしてよい。
・サーブは3回行ってから交代をする。
といろいろあるのだか、もちろんそんなこと高齢者には無理だ。使うボールも軽くて柔らかく掴みやすいビニール製のボールだ。
低い場所に張ったネットに高齢者が向い合って座り、ボールの投げ合いをする。足腰がしっかりしている高齢者が、たまに足でボールを蹴ると感嘆の声があがる一方で「お前調子に乗るなよ」「あんな勢いあるボール取られへん」と文句も出る。
しかし、これも高齢者は好きらしく「セパなんちゃらしたいんやけど」と知り合い同士を誘い合って職員の詰所にくる高齢者もいる。
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「明日のレクリエーションはタイとベトナムの国歌を歌うのはどうですか?」
「いいね。日本の国歌も入れると、より盛り上がるかもしれないね」
「そうしましょう。では、歌詞を模造紙に書きますね」
「じゃあ私はダン・コー(ベトナムの民族楽器 興味を持った方は検索してみてね♡)で演奏します」
職員はこんな風に高齢者のことを考えて、日々ミーティングを重ねている。
ここは素晴らしい介護施設なのだ。
読んでいただき、ありがとうございます。
明日はいよいよ最終話。どんな仕事が生まれるのかな?