休憩警察
久しぶりの連載作品です。
今日から6日間連続で投稿してみたいと思います。
よかったらお付き合いください♬
2027年。この世に新しい仕事が誕生した。
休憩警察だ。
簡単に説明すると仕事中、昼休憩時間以外に、適切な休憩を取れているか確認する、それが休憩警察の仕事だ。
日本は外国に比べて、休憩を取るということに罪悪感のようなものを抱いている。
「仕事中に休憩なんて、もっての他だ!」と思っている人が大半だろう。しかし、実は仕事の合間の休憩は仕事の生産性や能率を上げる。疲労感も軽減してくれる。
そのことが少しずつ理解されるようになってきたものの、まだ、罪悪感に勝てず一日ぶっ通しで仕事をしてしまう人も多い。
そこで全国のありとあらゆる企業に休憩警察が配置されることになった。とはいえ休憩警察はもともといる警視庁の警察とは何も関係ない。
似ている点を上げるとすれば警察でいう私服警官みたいに社員に紛れていること。そして、適切な休憩を取れていない社員に対し、休憩質問を行うこと。警察でいうところの職務質問だ。
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滝川昭夫は入社して十年。真面目が取り柄な男だ。同期は大きなプロジェクトを任されたり肩書きがついたりするなか、昭夫は日々淡々と業務をこなしていた。
他の社員は打ち合わせや営業で社外に出る機会も多いが、昭夫はデスクワーク一筋。午前九時に始業すると昼休みの午後十二時までずっとデスクに座って仕事をしている。たまにトイレに立つこともあるが、それは稀なことだった。
そして昼休み後の午後一時から就業までも席を離れない。でも、昭夫も人間だから集中力が切れたり眠くなったりする時がある。でも、仕事中にそうなるのは自分が悪いからだと思っている。
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濱田健吾は入社して六年。滝川と同じ課に所属している。新人時代は滝川からいろいろと教えてもらった。滝川から教えてもらったことは全て勉強になったし、六年経った今でも滝川にいろいろ甘えている。
健吾は喫煙をするのでよく席を立つ。滝川が全く席を立たないのに自分だけ席を立って喫煙スペースに行くのは最初気が引けた。でも、喫煙しないとイライラするし落ち着かなくなって仕事に支障が出る。
質のいい仕事をするには喫煙のための休憩が必要なんだと割り切ってからは堂々と席を立てるようになった。そして、席を立つ頻度が徐々に増えていった。
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「滝川昭夫さんですね?」
背後から声をかけられ昭夫はびっくりした。時刻は午前十時過ぎ。集中力が切れてぼんやりしていたところだった。振り返ると黒いパンツにサックスブルーのシャツを着た男が立っていた。首からは昭夫と同じように社員証をぶら下げている。
「はい」と答えたものの昭夫は男と面識はなかった。別の課から何か用事でやってきたのだろうか、と思っていると男は話始めた。
「驚かせて申し訳ありません。私、休憩警察の在川という者です」
そう言って首からぶら下げた社員証を見せる。目を凝らして見るとそこには『休憩警察 在川奏多』と書かれていた。
「はぁ」と昭夫は要領を得ない返事しかできなかった。休憩警察って何だ? 警察官にそんな部署があるのか? そんなことを考えていると在川が話し始めた。
「警察と言っても警視庁の警察官とはちがいますので。この会社に在籍している休憩を取り締まる警察です」
在川の話を聞いても昭夫はやはりピンとこなかった。会社が警察を雇っているのか?
「混乱させて申し訳ないですが、休憩質問いいですか?」
休憩質問? 職務質問みたいなものか? 断るのもややこしそうだったので昭夫は頷いた。
「今朝の午前九時の朝礼後、仕事を始めてから現在までの時間でデスクを離れた時間はありますか?」
在川はシャツの胸ポケットからメモとボールペンを取り出しながら尋ねた。
「いえ。一度も離れていませんけど」
昭夫がそう答えると在川は目を細め昭夫を見て「それはいけませんね」と言った。昭夫はカチンときた。何がいけないのか。仕事中にデスクを離れるなんて仕事に対しての責任感がなさすぎる。憮然とした表情になった昭夫を見て在川が諭すように話し始めた。
「滝川さん。業務の間に休憩しましょう。ほら、学生時代は授業の合間に休み時間があったでしょう。人間の集中力はせいぜい五十分程度です。それ以上の時間、集中するというのは不可能に近いです。集中力が切れるとどんなことが起こりえますか?」
「え? えっと……些細なミスをしたり、それに気づかなかったりする….…かな」
「そうですね。要は仕事のパフォーマンスが落ちます。しかし、定期的に休憩を取れば集中力は続きます。その方が長い目で見ると仕事にとってプラスに働くのではないですか?」
「そう言われてみればそうかもしれません」
在川の話に昭夫は納得していた。
「では、滝川さん今から十分デスクを離れて休憩して下さい。トイレに行く、飲み物を飲む、五階にあるカフェスペースに行く、一旦社外に出る、簡単なストレッチをする。何でも構いません。とにかく十分席から離れて休憩して下さい。
今後、五十分作業をしたら十分、もしくは二十五分作業したら五分という感じで業務内容に合わせて必ず休憩を取るようにして下さい。いいですね? 休憩していなかったら逮捕して無理矢理休憩させますからね。はい、では今から十分行ってらっしゃい!」
在川がぱんぱんと手を打ち鳴らした。戸惑いながらも昭夫はその指示にしたがって席を立った。
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席を立ったものの休憩なんてしたことのない昭夫はどうすればいいのかわからず、とりあえずトイレに行った。その後で、ふと屋上に行ってみるかと思い立ち屋上へ上がった。
驚いたことに屋上には数人の社員がいた。ベンチに座り飲み物を飲んでいたり、フェンスにもたれかかってスマホをいじっていたり。みんな休憩をしているのか? 昭夫は目から鱗が落ちる思いだった。
空を見上げると太陽の光が眩しかった。思わず目を細めそのままうぅんと背伸びをした。縮こまっていた体がぐんと伸びる感じがして心地よかった。
昭夫は立ったまま首を前後左右にゆっくり動かしストレッチをした。首まわりもガチガチだったらしく、ちょっとストレッチをするだけで肩が楽になった。そして気持ちも軽くなった。
十分後席に戻ると在川が「おかえりなさい」と昭夫に声をかけた。「どうも」と言って昭夫は席につく。そしてパソコン画面が燻んで見えていたのがクリアに見えるようになった気がして驚いた。
そんな昭夫の表情を読み取ったのか在川は「休憩を取って何か変わりましたか?」と尋ねた。
「パソコン画面がクリアに見えます」
昭夫は気づいたことをそのまま言葉にした。在川は満足そうな笑みを讃えて何度も頷き「それが休憩の効果なんですよ」と言った。
「では、また五十分後に様子を見にきますからね」と言って在川は去って行った。
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「ピッ、ピー!」
健吾が席から立ち上がると背後から鋭い笛の音が聞こえた。びっくりして振り返るとそこには黒いパンツにサックスブルーのシャツを着た男が立っていた。首からは健吾と同じように社員証をぶら下げている。
「濱田健吾さんですね?」
健吾は男と面識がなかったので訝しみながらも、「はい」と答えた。誰だコイツ? 別の課から何か用事でやってきたのだろうか、と思っていると男は話始めた。
「驚かせて申し訳ありません。私、休憩警察の在川という者です」
そう言って首からぶら下げた社員証を見せる。目を凝らして見るとそこには『休憩警察 在川奏多』と書かれていた。警察という言葉に健吾はぎくりとする、といっても何もやましいことはしていない。
「警察と言っても警視庁の警察官とはちがいますので。この会社に在籍している休憩を取り締まる警察です」
在川の話を聞いても健吾は意味がわからなかった。会社が警察を雇っているのか?
「混乱させて申し訳ないですが、休憩質問いいですか?」
職務質問みたいなものか? と思うとやや身構えたが、断るのもややこしそうだったので健吾は頷いた。
「濱田さん。あなた今、どこに行こうとしていましたか?」
在川の目が鋭く光っている。
「え? ちょっとトイレに」
健吾は咄嗟に嘘をついた。本当は煙草を吸ってそのまま社外の近くにあるコンビニにコーヒーでも買いに行ってゆっくり飲もうと思っていたのだ。
「嘘はいけませんよ。本当は『煙草を吸ってそのまま社外の近くにあるコンビニにコーヒーでも買いに行ってゆっくり飲もうと思っていた』でしょう?」
在川の指摘に濱田はギクリとした。こいつエスパーか? と思う。
「あなたね、率直に言うと休憩取りすぎです。そのせいで集中して業務に取り組めていません」
ぴしゃりと言われ、健吾は金魚のように口をパクパクさせるしかなかった。
「これ以上勝手に休憩時間を増やすようなら職権を行使してタイマー着きシートベルトを装着させますよ? 五十分は身動きできないベルトです。嫌でしょう?」
健吾はそのベルトを想像する。「嫌だ……」と口から言葉が漏れていた。
「はい、なら着席! 今から五十分業務に集中したら十分休憩してよし!」
在川は健吾の両肩に手を置き椅子に座らせた。しぶしぶ業務を開始する。
「少し離れたところから見張ってますからね」
脅し文句を残して在川は健吾の側を離れた。
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五十分後。
昭夫はパソコンの画面が再び燻んで見えるような気がした。ふと時計を見ると一度目の休憩を取ってから五十分が過ぎていた。
「お、滝川さん。自分で集中力が切れたことに気づきましたね」
背後から聞き覚えのある声がして振り返ると在川が立っていた。「はい、じゃあ休憩行ってらっしゃい!」と笑顔で手を振って昭夫が席を立つのを見送る。
昭夫は自分以外の社員も休憩を取っていると気づいてからは席を立つことに罪悪感がなくなった。足取り軽く席を立つ。
「はい。よくできました」
不意に背後から声をかけられ健吾はびくりと肩を震わせた。振り返ると在川が立っていた。そうだ。コイツに五十分集中しろ、と言われたんだったと思い出す。
最初は面倒くせぇと思ったけれど、一度集中すると意外と五十分はあっというまだった。それに細切れに席を立っていた時より仕事の質が上がった気がする。そんな健吾の心中に気づいたのか在川が言った。
「いい仕事ができたでしょう」
在川は笑顔を見せた。「はい、じゃあ休憩行ってらっしゃい!」と送り出される。胡散臭い奴と思っていたけれど、まともな仕事をしている奴なのかもしれないと思いつつ健吾は喫煙ルームに向かった。
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「在川君。君のおかげで我が社の業績が上がったよ」
在川の前には恰幅のいい年配男性が座っている。そう、社長だった。「ありがとうございます」と在川は恭しく頭を下げる。
「で、君にお願いがある」
社長は笑顔で在川に言った。
「私の知り合いの会社で休憩警察の取り締まりをしてくれんか? 社長とは大学時代からの付き合いでね。社員のモチベーションを上げるにはどうしたらいいかと悩んでいる様子なんだ。だから、休憩がその一助にならないか、と考えていてね。どうだい? 引き受けてくれるかい?」
「もちろんです」
在川休憩警察は背筋を伸ばし堂々とした様子で社長の言葉を受け止めた。
読んでいただき、ありがとうございます。
明日はどんな仕事が生まれるのかな?