7 偽婚約者候補
──只今絶賛、妖艶な美女に睨まれております。
”射殺さんばかり” って表現が前世であった気がするんだけど、まさにソレ。
目線だけで人が殺せるなら、私は今この瞬間に人生を終えていたことだろう。
茶会の席へは、当然のことながらウィルフレッドにエスコートされて入室した。
同行者がいることを直前まで知らされていなかったらしいヴィクトリアーナは、それはもう歯軋りが聞こえてきそうなほど歯を食いしばり、畳んだ扇子を握る手が小刻みに震えていた。
「ウィルフレッド様?そちらの女性は、どうしてこの席に同行なさっているのかしら?どのようなご関係か、是非ともお伺いしたいわ」
トゲだらけの声が、挨拶も無しに聞いてくる。
お茶会というだけあって、両国の外交に関わる文官や奥様方が同席している場である。
さすがの無作法さにあちらの国のお偉方と思わしき人たちがフォローを入れるも、ヴィクトリアーナに態度を改める気はまるでなしと報われない。
「ヴィクトリアーナ王女。この度は、お茶会へご招待いただき、ありがとうございます。こちらは、私の婚約者候補──クレアルージュ伯爵家のメイア嬢です」
「メイア・フォン・クレアルージュと申します。お見知り置きくださいませ」
ウィルフレッドに紹介されて、仕方なくカーテシーで挨拶すると、ヴィクトリアーナはフンッと鼻を鳴らした。
背後にいる我が国の同席者たちにも動揺が走ったことから、どうやら関係者にも ”お芝居” の説明はされていないらしい。
”敵を欺くにはまず味方から” とは言うけれど、後々面倒なことにならないか心配だ。
「いやよ。あなたを招待した覚えはないわ。出て行きなさい」
周囲の動揺を余所に、目の前までやってきたヴィクトリアーナは、私がいるのと反対側──ウィルフレッドの右腕に手を絡めた。
先をとがらせるように整えられ真っ赤に塗られた爪が、なまめかしいというよりは毒々しい。
ウィルフレッドはその手をそっと外し、私の腰へと腕を回して、引き寄せるように見せてヴィクトリアーナから一歩引いた。
「ヴィクトリアーナ王女。私はこれまで、あなたの気安い振舞いを黙認して参りました。しかし今後は、適齢期の男女として適切な距離を保っていただけないでしょうか」
「なっ!?なぜ、突然そんなことをおっしゃるの!?」
腕を解かれた上に困った顔を向けられて、ヴィクトリアーナは眦を吊り上げる。
睨んだ先は、もちろん私だ。
その目が、”お前のせいか!” と言っている。
「彼女に一瞬でも誤解を与えてしまうような振舞いは避けたいのです。不甲斐ないことに、まだ求婚の承諾を得てはいない身です。──ですから、離れている間に他の男に攫われてしまわぬよう、こうしてこの場にも同行させてしまいました」
にっこりと愛情が籠ってそうな眼差しが飛んできた。
普段の腹黒王子ぶりを見ていると、この溺愛モードの演技は、恐怖しか感じない。
一瞬だけブルッとしてしまったのに気付いたのか、ウィルフレッドの笑みが深まった。
「早く私のものになってくださいね、メイア嬢」
手を掬い上げられ、徐に指先へと唇が触れる。
手袋越しとは言え思わず手を引けば、苦笑しながら「つれないね」という言葉が降ってきた。
あくまでもその笑みは穏やかで甘いのに、いつもながら目だけは ”これは演技だ 誤解するな” と言っている。
私も伊達に長年伯爵令嬢を名乗っているわけじゃない。
やや照れたような笑いを心掛けながらウィルフレッドを上目遣いで見上げ、”はいはい わかってますよー” と目で訴えてみる。
狙ったわけじゃないけれど、見つめ合うかたちになってしまった私たちに、かすかに歯軋りの音が聞こえた気がした。
その後のお茶会は、表面上何事もなく終わった。
ヴィクトリアーナから始終トゲのある言葉と鋭い視線が飛んできていたおかげで、折角の高級菓子の味をよく覚えていないことが残念でならない。