1 愛読書の世界に転生しました
私は、前世で愛読書だった魔法のある異世界を舞台にした恋愛小説の世界に転生した。
──多分、アレが幸いしたんだと思う。
前世の私の死因は、所謂交通事故。
車の運転中に信号待ちしていたら、進行方向からなんだかすごい音がして、ハッと気づいたときには、暴走車がこちらへ向かって物凄いスピードで接近していた。
運転席にいた私はとっさに身を守るでもなく、なぜか助手席に置いておいた買ったばかりの本屋のパッケージを抱え込んでいた。
まあ、すっごくすっごく心待ちにしてた新刊だったし?
いきなりのことだったから、よく考えての行動でもなかったから、仕方ないことだとは思うのよ?
でも、成長につれて段々と前世の記憶を思い出していくうちに、まさか小説の世界と同じだと自覚させられることになるとは思わないじゃない?
幼少期から親に夢でみた記憶の話をしまくっちゃったせいで、今やすっかり変な子と腫れ物扱い。
両親や兄弟だけでなく、侍女たちにまで変な顔をされちゃったら、もう口に出来ないわ──黙ったところで手遅れだったけど。
そんなわけで、変わり者の伯爵令嬢──メイア・フォン・クレアルージュが誕生した。
両親は変な事ばかり言う私が恥ずかしかったのか、子供たちのお茶会にも出してもらえず、友達の一人もいないまま十五歳の学園入学を迎えたの。
我が家は、領地を持たない伯爵家──宮廷伯家だったので、家はずっと王都の貴族街。
流行を追うには苦労しない環境ではあったけれど、治安は当然のことながら国一番安全で早々大事件なんて起こらないし、特に目新しい出来事もない。
社交シーズンでの移動もないから、旅行すらしたことがなければ、王都から出たこともない。
本当にナイナイづくしの十数年。
学園も一年目は、ほぼ家庭教師に教わってある内容ばかりだし、常に暇を持て余す日々だった。
そんな私にも、最近やっと念願の楽しみが訪れた。
お忍びで出かけた城下町で、ヒロインらしき女の子とすれ違ったから。
王族と同じ淡い白金の混じる髪に、某伯爵家にだけ出るというルビー色の瞳。
某公爵家当主の隠し子設定だったヒロインと同じ色。
そしてなにより、一緒に居たお友達に呼ばれていた”マリーローナ”というちょっと変わった名前。
彼女たちは、来年の入学準備のお買い物をしている風な会話をしていたから、一年下みたい。
小説と同じ世界、もしくは類似世界に来たものとは確信していたけれど。
さすがに時代までは分からなくて。
来年入学してくる第二王子殿下の名前が、ヒーローと同じアレクサンダーだったけど、この国ではよくある名前だから、確信が持てていなかったのよね。
んふふふふ──。
思わずカフェの中だということを忘れて笑ってしまった私に、隣の席からギョッとした顔が向けられて慌てて無表情を装う。
さぁ、愛読書のリアル世界で、高みの見物としゃれこもうじゃないの!
──────そう思っていた時期もありました。