謁見2
「良く来た」
王の言葉に、武闘家は胸に手を当てて頭を下げた。
三つ編みにした長い髪と、切れ長で線の細い顔立ち。それに似合わない筋肉は、服の上からでも隆々と主張している。
そのまま立ち続ける武闘家を、傍らの兵士が警告する。
「御前である。控えろ」
「我が流派にヒザつく礼ないヨ」
独特の訛りと言葉遣い。王は小さくため息をついた。
「良い。山育ちの猿に礼儀は求めておらん」
「アイヤー、王サマも口悪いネ。それ嫌いヨ」
帝国が争いの果てに手に入れた領国の1つ。武闘家は、高く険しい山の上からここまで降りてきた。
王に向けた目から言外に問う。なぜ我を呼んだのかと。
「武闘家よ。汝に命ずる」
王の言葉を合図に、歩み出た兵士が御前死合について語った。
武闘家の目がスッと細くなる。
「願い何でも叶える、本当カ?」
「手を尽くそう」
「例えば我々の国、返せ言ってもカ?」
「易い願いだ」
「ほう。分かったネ。やるヨその戦い」
ニコニコと上機嫌な武闘家に、思わず近衛の兵士が口を挟む。
「わかっているのか? 殺し合いだぞ。負けたら死ぬぞ」
「我が流派最強。負けるナイ」
言い切った武闘家には、確かな覇気が満ちている。
「では、我が勝ったらこの国貰うヨロシ」
「ほう」
「領国返す易いなら、国全部もらう丁度いいネ」
「良かろう。お前が勝てばな」
満足気に頷いて、武闘家は王室を後にした。
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「良く来た」
「勅命とあらば、光栄です」
跪くのは、教会の執行官。
大きな青い瞳と、緩いウェーブの入った金髪。見目麗しく若い女性だった。
執行官とは、法が裁けない悪を教会の特権をもって処刑する者。実態は聖職者とは名ばかりの暗殺者である。
見る限り戦えるように見えないその容姿すら、立派な武器だ。
「用向きをお伺いします」
勅命とあらば、直々の暗殺命令だろうと考えた執行官が、王に向かって問いかける。
「汝に命ずる」
王の答えに合わせて、歩み出た兵士が御前死合の内容を告げた。
想像していたものとは別の内容に、執行官が伏せていた顔を上げる。
「庭園にて、私の前に来たものを殺せば良いのでしょうか?」
「分かりづらかったか?」
「はい。私はどなたを殺せば良いのですか?」
「だからだな、これは殺しではなく決闘の命令だ」
「決闘? つまりは、目の前に来た方を殺せば良いのでしょうか?」
「それで良い」
「仰せのままに」
胸に手を当て、顔を伏せる。了承の姿勢だ。
神の意志によって生み出された人の狂気。この執行官には殺ししかない。
殺すために生きている。殺すために起きている。殺すために美しくある。全ては教会、神の意志に背きしものを殺すために。そう育てられた。作られた。
「して、汝は勝利の暁に何を求める?」
「報酬は、教会に」
「命ずる。お前の望みを言え」
執行官は生まれて初めて、己の意志を求められた。
教会からは王の命に従えと言われている。報酬を教会に渡すという願いは拒絶されるだろう。
意志のいらない刃として育てられたものは、何を願うのか。
「もう殺す必要のない世界を望みます」
「ほう? 何故だ」
「何故か、でしょうか」
その後の言葉は続かない。
殺し以外知らない者の、聖なる願いだった。彼女はただ、間違いなく純粋だったのだ。
「わかった。その故は聞かん。願いはしかと聞き届けた」
「は、ありがたき光栄です」
「最後にお前が立っていた時、また願いを聞こう」
戦いの時はやがて来たる。