勇者vs騎士
王城の庭園は広大であり、また襲撃に備えるために最大級の防御結界が張られている。かつては1000人ほどの貴族が集まり、交流の場として使われたこともあった。
あらゆる種類の美しい花々と、それを彩る装飾設備の数々。
これを殺し合いの場所に使おうというのだ。王の狂気も窺い知れる。
『双方、前へ』
執事の声に促され、勇者と騎士が庭園へ足を踏み入れる。同時に、集められた数十名の魔術師達が結界を強化させた。
内部の衝撃、魔力、その一切を遮断する強大な結界。当然そこからの逃亡も叶わない。
どちらかが倒れるまで結界が解かれる事は無い。
「キレーな庭なのに、爺さんも勿体無いことするよなー」
「黙れ」
貴様と無駄話をするつもりはないと、騎士は言外に圧を放つ。
「元々仲間なんだぜ、そこまで嫌う必要ないだろ」
「お前は騎士の聖を汚した」
「品行方正に生きればそれで強くなれるのか?」
「聖なる力は、聖なる精神に宿る」
「じゃあ俺がお前をブッ倒せば、俺の方が聖なる精神を持ってるっつーわけだ」
これ以上語る事はないと、腰の剣が抜かれた。
幅の広い大剣に大盾。見るからに分厚い鎧。明らかな重装備にも関わらず、騎士の所作に余計な力みは無い。
身体強化魔法。
騎士の扱うそれは極めて高レベルのものだ。
「実を言うと俺も、お前のことは嫌いだったぜ」
勇者も答えて剣を抜く。
細身のロングソード。刀身はやや黄色味がかっていて、一切の傷がないその輝きは黄金を思わせる。
使い込みが感じられる鎧と比べて、その光は不気味ですらあった。
『始め』
執事の号令に合わせて、騎士が大地を踏み締める。
地割れ。突撃の合図。それを。
「万雷」
勇者の魔法が抑えた。
剣先から放たれた雷が一瞬にして騎士の体を貫く。
「炎海」
矢継ぎ早に次の術へ。火炎の渦が広がり、庭園は火の海へと姿を変えた。
出鼻を挫き、足場を奪う。粗雑な言動に対して、勇者の見せる戦法は緻密そのものだ。
それは彼が魔界で生き残るために身につけた技。人の身で、人ならざる者に抗う術。
戦士には魔法を。賢者には剣術を。相手の得意を封じ、自分の得意を押し付ける。
工夫。適応。進化。勇者の力は人の力そのものだ。
「やはり貴様を騎士とは認めん」
「負け惜しみか?」
勇者が次の魔法を構える。
「氷山槍」
人の身を優に越える氷の槍が騎士を襲う。冷気を伴った質量攻撃。受け止められる筈がなかった。
だが氷塊は、騎士の盾に触れた途端、ガラス細工のように砕け散った。
「我が騎士団で、こんな軟弱な戦法を教えたことはないぞ」
騎士が盾を振り払う。周囲を覆っていた炎は、ただそれだけで消え失せた。
そして、再び騎士が地面を踏み締める。
「万雷」
それは一度受けた魔術だ。騎士の踏み込みは鋭く、瞬く間に勇者の懐まで届く。
「ヌゥン!」
「防壁」
横薙ぎの一閃。勇者は咄嗟に防御魔術を展開し、剣で受ける。
が。
「ぬるいわッ!!」
騎士の大剣はそれを紙切れのように引き裂いた。衝撃を受け止めきれず、勇者が吹き飛ぶ。ぶつかった衝撃で、飾られていた石像が砕け散った。
「障壁」
魔力で空中に足場を作り、勇者は何とか体勢を整える。一度、ゴフッと口から血が吐き出た。
余裕のつもりか、騎士からの追撃はない。回復魔術をかけ、息を整える。
具合悪いぜ。
勇者は心の中で悪態をつく。
防御魔法の破られ方で確信を得ていた。アレは耐えきれない衝撃を受けて破壊されたものではなく、寧ろ魔術そのものが打ち消されていたのだと。
退魔の装備。聖騎士の為の、強力な祝福が施された武具。その最上級品ともなれば、触れただけでどんな魔術でも解けてしまう。
アレはその類だ。
「ズルくないかー? そんなチート装備で固めてよォ。それで勝っても団長さんが強いんじゃなくて装備が強いだけだろが」
「お前がそれを言うのか。聖剣に選ばれたお前が!!」
「え? そんなどーでもいいことまだ根に持ってたの? ネチネチした男は嫌われるぜ」
戯言に痺れを切らした騎士が、追撃の構えを取る。
合わせて、勇者は地面に剣を突き立てた。
「岩石剣」
魔法によって爆ぜた土が、騎士の盾を僅かにグラつかせた。
これならイケるか。
勇者が笑みを浮かべる。本来は魔力で大地を固め、巨大な剣を作る魔法。思い描いたものとは違えど、他のものより効果はあった。
魔法で生み出した雷、炎、氷は効かないが、魔力のない土を操れば多少の効果はある。
勝ちうる。
「土像創出」
「小癪な技を」
魔力によって土塊に命が宿る。巨躯のゴーレム。騎士よりも二回りは大きいだろうか、それが5体。
構わず騎士は地面を蹴った。
一閃。
「可愛く作ったんだけどな」
一振りで2体、ゴーレムが吹き飛ぶ。事切れたそれは土砂となり、騎士に降り注いだ。
こんな単純な目眩しが俺に効くか。
振り抜いた剣を手繰り、騎士は二の太刀を放とうとする。
「爆発」
そうして踏み締めた地面が突然爆ぜた。
勇者の仕込みの1つ。ゴーレムを作り上げる際に魔力を通しておいたものが、彼の命によって弾ける。
騎士の体勢は完全に崩れた。残った3体のゴーレムが騎士の周りを取り囲み、そのまま抱きしめる。
「なんだ!?」
「影縄」
ゴーレムと騎士の影が重なり、1つとなったその瞬間。勇者の魔法が影と影とを結びつけた。
これが奴の狙いか!
騎士は歯軋りをする。勇者が使用した魔法は影を対象とする魔法。呪いや禁忌の術に近い。
退魔の鎧といえど、それを弾くことはできない。
「ぬうううううううおおおおおおおお!!」
騎士が雄叫びを上げた。ビキビキと、何かにヒビが入るような音が響く。
果たして、勇者の言ったことは正しいだろうか。
退魔の装備が強いだけで、騎士本人は強くないと。
否である。
「こんなものが、効くかぁッ!!」
裂帛の気合いと共にゴーレムが吹き飛んだ。
勇者の魔法は完璧だった。本来は身動き一つできない強烈な拘束。しかし、騎士の純粋な膂力がそれを上回っていた。
騎士の視界が開ける。飛び込んでくるのは、目が灼けるほどの閃光。
聖剣の光。
「団長。やっぱアンタはすげーよ」
全てはこの瞬間のために。勇者は自分の魔法が騎士に効かないことを悟っていた。
勇者の仕込みの2つ。彼は一度騎士に近づかれた後、魔法で戦うことに拘った。
退魔の装備に対して魔法が効かないことは分かりきっている。にも関わらず魔法で戦うということは、何か奥の手があるに違いないと、騎士はそう読んでいた。
勇者の仕込みの3つ。彼は聖剣のことを貶した。
選ばれしものしか扱えない聖剣。それに選ばれたことを、どうでもいいことと言い切った。
激昂した騎士を見て、勇者は確信を持った。
彼が最も警戒し、畏怖しているのは聖剣だ。だから想像もつかない。聖剣による遠距離攻撃など。
この奥の手は通る。
「貴様ッ!」
勇者の構えを見て、騎士が絶句した。
輝く聖剣を逆手に持ち、大きく身を開いて振りかぶる、まさに槍投げのような構え。
そのまま勇者は地面を蹴り、空中へと跳び上がった。
邪道。冒涜。強力無比。
放たれるはかつて、魔王すらも屠った一撃。
「王の黄昏」
力任せに腕を振り抜く。聖剣は一筋の光と化した。
仰々しい名前をつけただけの、ただ得物をブン投げるだけの技。
だが、勇者の天才がそれを必中たらしめ、聖剣の力がそれを必殺の領域まで引き上げる。
「くそッ!」
騎士が咄嗟に大盾を掲げる。
聖剣の力は騎士もよく知っていた。憧れていたのだから。
それは退魔の装備の最上位。聖剣の光はあらゆる魔の力を退ける。
それに防御魔法は通じない。身体強化は消え失せ、聖剣による傷は回復魔法で癒せない。
故に必殺。
「こんなもので負け」
放たれた聖剣が退魔の大盾に触れた。
何かが砕ける音。
庭園は光の奔流に飲み込まれた。