謁見1
「入るが良い」
王の声に答えて、一人の若者が進み出た。
その姿を見て、王の隣に控えていた兵士が思わず声を上げる。
「お前、左腕はどうした」
鎧についたマントで隠せど、その膨らみでわかる。
「ん? まあ魔王ブッ倒した時にちょっとな」
彼には左腕がなかった。
王の威光を浴びながら、言葉遣いから遠慮は感じられない。精悍で整った顔立ちを不敵な笑みに歪めながら、若者は王の前で足を止めた。
「勇者よ」
そう、若者は勇者と呼ばれるもの。
名を呼ばれ、勇者は王の前に片膝立ちに控える。
「魔王の討伐、大義であった」
「よく言うぜ。本当はどうでも良いんだろ。そんなことは」
勇者は覚えている。魔王討伐の報告はもう随分と前に済ませている。
魔界に残り続けることを選んだ勇者を強引に連れ戻さなかったのは、王にとって魔王の討伐などどうでも良かったからだ。
「貴様、王に対して」
「良い」
「しかし」
口答えする近衛の兵士の首に、王は短剣を突き立てた。
煌びやかな王宮に似つかわしくない、鮮血の匂いが鼻をつく。
「おいおい、随分だな。王様。流石の俺も肝が冷えるぜ」
勇者が立ち上がり肩をすくめる。右腕は背負った剣に添えられていた。
「そうか。お前も確か、元は聖騎士だったな」
「昔話は好きじゃなくてね。それより、俺を呼び戻したのは理由があるんだろ?」
話を急かされた王が、兵士を一人呼びつける。
兵士は王の側で倒れている死体を弄り、血に濡れた紙を取り出した。
そして兵士は読み上げる。御前死合の開催の旨を。
勇者は黙って聞いていた。やがて、兵士が読み終えた紙を布で包み、懐に直す。
「上品な言葉で飾っちゃいるが、要は殺し合いをしろって事かい」
「然り」
「次から次へとまあ、下らないことを考えるもんだ」
魔界へ渡り、魔王を倒せという使命は、この世界が平和になってから下された。この世界に出てくる多少の魔物など、もはや脅威では無いはずだった。
要は厄介払い。太平の世に英雄の器は要らなかった。
「良いのか。俺が出たら、勝つぜ」
勇者は死闘を潜り抜けてきた。
魔界に住む魔物と、この世界で生まれる魔物ではレベルが違う。生物としての強度があまりにも違い過ぎる。
純粋な力のみが生きる術の魔界に放り出され、その中で彼は生き残り続けた。その果てに魔王ですら屠ってみせた。
平和な世界に胡座をかき、本当の戦いを知らない者達に勝てるはずがない。
「勝てば良い」
「へぇ。今の話だと、見返りにアンタが願いを叶えてくれるんだろ」
「然り。勇者よ、貴様は何を望む」
「そうだな。そう言われるとパッと思い付かないもんだ。大体、こんなクソみたいな用事が終わったら俺は向こうに帰るつもりだしな。こっちは空気がマズ過ぎる」
向こうに帰る、と。勇者は魔界を指してそう言った。
もはや彼の故郷はこちらではない。
やや考える時間があって、勇者はそうだ、と手を叩いた。
「ここはベタだが、世界の半分を貰う事にするよ」
「世界の半分とはなんだ」
「半分は半分だ」
どこか濁した答えに王の眉がピクリと跳ねた。
剣呑とした沈黙の後、その口が開かれる。
「良かろう。勝ってみせよ。勝った後にどうとでも言うが良い」
「約束だぜ」
それだけを言い残し、勇者は部屋を後にした。入れ替わるように召使い達がやってきて、転がった死体を片付ける。
名誉ある戦死であれば、教会で蘇ることもできるだろう。魔術で容易く叶うことだ。
だが王の意思で死んだならば違う。それを甦らせることは、王の行いが間違っていたと暗に示すことになる。
彼は死ぬべくして死んだのだ。
ならば、御前死合も王の命令であるのなら。どんな英傑が死のうと、生き返る事はないだろう。
「王よ。やはり私は反対でございます」
死体が片付いた後、王に物申す者がいた。
命が惜しい人間の行動では無い。
「なんだ」
「勇者を、あの者を呼び戻すべきではなかったかと」
「奴は強いぞ」
「強い、弱い以前の話でございます。奴がこの世界にいるだけで、騎士の品位が損なわれます」
魔王殺しが王命であった以上、騎士の称号は剥奪できない。
ならばずっと魔界に居ればいい。それが男の願いだった。
「であれば、お前の手で殺せば良かろう。騎士団長」
王が男を見上げ、ククッと笑う。
御前死合ならば当然、殺したとて咎めはない。
「御意に」
騎士の頂点たる男は、王の言葉に深々と頭を下げた。