ずっと勘違いしていたかもしれないこと
皆さまは『焼うどん』という料理をご存じだろうか?
発祥は諸説あれど一般的には北九州の小倉から始まったと言われている。
私の母は北九州の人間なので、当然私の家ではお昼ご飯の定番ローテーションに焼うどんが入っていたのだが、今現在に至るまで、外で焼うどんを見たことも食べたこともない。
もしかして関東ではマイナーな料理なのだろうか?
「昨日、焼うどん食べてさあ」
とか
「焼うどん食べない?」
なんて会話をされたことも聞いたこともない。
うどんチェーン店に行っても焼うどんのメニューがあったためしがない。
私の母が作る料理はオリジナルの物が多く、同じ料理名でも世間とは別物だったりするので、てっきり我が家の創作料理なのだと思っていたのだが、検索すると「焼きうどん」という料理は一応存在するらしい。まあ……うどんを焼いただけなので誰でも作れそうではあるが。
だが、料理の説明を見る限り、世間の焼うどんは焼きそばの麺をうどんに変えただけの料理のようだが、母の焼うどんは焼きそばとは全く別物だ。味も似ても似つかない。
味は説明できない。似た料理が思いつかないからだ。
レシピも書かない。そういうエッセイではないからだ。
ではなぜこのエッセイを書いているのか?
実は私は大人になるまでずっとある勘違いをしていた、のかもしれない。
いや、正直に言えばさっき検索して初めてその可能性に気付いたのだが。
私はずっと『焼きうどん』ではなくて『野球どん』だと思っていた。
野球+うどんで、『やきゅうどん』という言葉遊び。
そう思ってしまった理由は、このメニューが我が家で出されるタイミングにあった。
私は地域のソフトボールチームに所属していたのだが、練習がある日や試合のある日は必ず『やきゅうどん』だった。
野球とソフトボールは違うだろ、と言われるかもしれないが、似たようなものだと私は思っていた。
私は思い込みが激しいので、一度思い込んだものは完全に刷り込まれる。
もちろん子ども心に内心どの辺が野球なんだろうと疑問に思うことはあった。
白く太い麵がバットなのかな? とか、輪切りにされた竹輪がボールに見えないでもないな、とかぼんやりと納得していたのだ。
だから私は母親に
「今日はやきゅうどん?」
とか普通に聞いていた。もちろん大人になるまでずっとだ。
恥ずかしいと言えば恥ずかしい話だが、まだわからない。
もしかしたら本当に『やきゅうどん』の可能性も残されている。
あの母ならやりかねない。そういうことを真顔でやる人だ。野球のルール知らない人だけど。
実は今度のお正月に久し振りに母と会うことになっている。
だが真相を聞くことは決して無いだろう。
だってずっと勘違いしていたなんて恥ずかしすぎる。
私にとっては『やきゅうどん』なのだ。
もうそれで良いではないか。
当時働いていた母は、時間が無いとき
『ごめんね、やきゅうどんで良い?』
と申し訳なさそうに言ってたっけ。
身体が弱い母が頑張って働いていたのに駄目なんて言えるわけない。
『わーい、やきゅうどん大好き!!』
本当は内心少しだけがっかりしていたけど、それでも大好きな思い出の味。パンチは無いけど優しくて温かい母みたいな料理。
久しぶりに食べたくなってきた。
お正月作ってもらおうかな『やきゅうどん』