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ぼくの小さなはつ恋

作者: 海凪 悠晴

 ぼくの初恋は小学校二年生のときだった。

 相手は担任の先生だ。おそらくまだ大学を出たばかりの、二十代半ばくらいの若い女の先生だった。

 だけど、小学二年のぼくらから見れば、ずっと年上。大人のひとである。だけれど、ぼくは本気でその先生に恋をしていた。


 ある日、家でテレビを見ていると、CMで「婚約指輪は給料の三ヶ月ぶん」などといっているのを聞いた。

 ぼくはなぜかそのフレーズが忘れられず、いつの日か「先生に婚約指輪を買ってあげよう」と思い立つことになった。

 ぼくは「給料」つまり毎月のお小遣いを三ヶ月分貯めて、「彼女」つまり先生に指輪をプレゼントしてあげる。そういう決意をした。

 小学二年生のぼくのお小遣いは月五百円、三ヶ月で千五百円。

 三ヶ月間、アイスクリームを買い食いしたい日もあったけど我慢して。他のお菓子も食べたかったけど我慢して。読みたい漫画もあったけど我慢して。「彼女」のために貯金し続け、なんとか千五百円を貯金することができた。

 そして、ある日曜日にその千五百円を持って、親と一緒にショッピングモールへ行った。そして、おもちゃ売り場で千四百八十円のおもちゃのペアリングを買った。


 思い立ったが吉日。翌日月曜日、学校にいつもより早めに登校し、ちょうど教室の中でひとりで仕事をしていた先生に声を掛ける。指輪を携えて。

「あ、あの、先生……」

「あら、おはよう、結羽君。なあに? どうしたの?」

「……ぼ、ぼくと、け、結婚を前提に、お付き合いしてください……」

 そこでペアリングの片方を先生に差し出したぼく。

 先生はとても驚いた表情を見せた。そこでぼくは改めて言う。

「ぼくってそんなにお金ないんでこんな指輪しか買えないけど、絶対先生を幸せにしますんで……」


 そして、しばらくの沈黙の後、先生は穏やかな表情に戻りつつ切り出した。

「ねぇ、結羽君はね。まだ小学校二年生、八歳になったばかりなの。男の人は十八歳にならないと結婚できないの。あと短くても十年、結婚できるまでにはもっともっと大人にならなきゃいけないの」

「先生もまだ結婚できないの?」

「先生は今年二十五歳。女の人は十六歳から結婚できるのよ。私はまだ独身だけど」

 仕方がないけど、ぼくは腹をくくって「約束」を切り出す。

「じゃあ、ぼくが十八歳になる十年後まで待っててくれませんか。ぼくも待ってますので、どうか先生、他の男のところに行かないで!」

 先生はさらに困惑した声で言う。

「ううん、まぁ、結羽君の気持ちもわかるけど……。私はそのとき三十五歳になってるわね……」

「ううん、でも結婚したーい!」

「……結婚するために必要なのは十八歳になることだけじゃないの。結羽君、今は学校の勉強をがんばって、そして結羽君らしい優しい気持ちを持ちつづけて、クラスのみんなと仲良くやって。それだけを考えてね」

 泣きそうになっていたぼくを先生はなだめる。

「結羽君、今先生の言ったことを守って、優しくて立派な大人になることを目指してがんばってね。そしたら、いずれは私と結婚できるかもしれないよ」


 三学期の終業式。二年生としての最後の学校の日。

 四月からあの先生はぼくらの学校から別の学校へ異動されることになったと伝えられた。

 そして、最後の学級会。それも終わり解散。

 先生の周りに別れを惜しむクラスのみんなが集まるのを尻目に、ぼくは教室に最後まで残っていた。先生を見られる最後のチャンスだから。

 みんなが帰ったのを確認するとぼくは先生に駆け寄って言った。

「せんせーい! もう会えないなんてさびしいよぉー」

「……先生も寂しいわ。結羽君のような優しい生徒ともお別れしなくちゃならないなんて」

「でも、十年後、絶対結婚しようー!」

 取り乱しているぼくに対して、先生は落ち着いて答える。

「そうね。私も十年後の約束、覚えていてあげるから」

 そう言って、先生はぼくをそっとハグしてくれた。


 春休みが終わると、ぼくらは三年生になった。

 クラス替えもあって、当然担任の先生も変わった。「初恋の先生」とは学校ではもう会えなくなった。

 ぼくは先生に告白したあの日から、みんなからからかわれていた。だけど、十年後、先生と結婚するんだ。必ず結婚するんだ。そうして先生を幸せにしてあげるんだ。それを確信していたから、ちょっとやそっとのからかいなんて気にならなかった。


 初恋の先生が異動してからしばらく経って、その先生も結婚したとかいう噂をどこかで耳にした。

 ぼくとの約束なんて守られるはずなかったんだよな……。


――――


「ゆなね、せんせいのことがだーいすきなの! ぜーったいせんせいとけっこんする!」

 僕の娘はいつもそんなことを言っている。最近は男性の保育士さんというのも珍しくはなくなったけど、やはり現場はまだまだ女性中心だ。


 僕、新藤結羽は三十六歳。中堅のシステム開発企業でソフトウェア開発の仕事に携わっている。

 近頃はテレワーク化が進み、週二回くらいは出社するものの、残りの日は家で仕事をしている。

 仕事とはいえ我が家では落ち着くものだ。三十歳になったときにローンを組んで買った我が家。自分の人生と引き換えに、といっても大げさではないくらいの大きな買物である。

 ひとり娘の結奈と一緒にいられる時間も長い。ただ、妻は小学校の先生として毎日出勤しているので僕が家を守るようなかたちになっている。

 僕も仕事に行かなければならない日もあるし、同年代の子とのふれあいは大事なので娘を保育園にやらせてはいるが。


 結奈の好きだという保育士さんのことは僕もよく知っている。二十四歳とのことで僕より一回りも若いけれど、「イケメン」というよりは、いわゆる「イクメン」という言葉がぴったり当てはまるような人だ。保育士というのが彼の天職ではないかと言っても言い過ぎではないような。

 それでも箱入りではないけど、大切な大切な僕の娘をお嫁なんかにゃ出したくない。だいたい結奈はまだ四歳なのだ。


 それにしても、もしかの保育士さんと結奈が将来結ばれたとしたら、僕の初恋の人は結奈のもうひとりのおかあさんとなってしまうことになる。

 だって、結奈が好きな保育士さんは、僕の小学校二年生のときの担任の先生の息子なのだから。

 血は争えないというか、世間は狭いというべきか。そんな不思議な巡り合わせが実現することは……あるのかなぁ。

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