一
一
「それは何とも不気味な話なんだよ——いや、その子の描いた絵があるだろう? ——知らんって、ともかくあるのだ。その絵が、大人が見る分には何だか雑然として、何が何やら判別つかんのだ。小学生の書く絵だ、ご愛嬌だと思われるかもしれんが、上手い下手の問題ではない。巧拙は、全然妙じゃないんだ。母親が一つ一つ尋ねるうちに、だんだん見境がついてくる。この緑一色が木だとか、ともかく白いのが雲だとか——考えてみると、前衛的で芸術なのではと思いを寄らすのは親バカさ。——はあ? いやいや、母親は至って月並みだよ。君は結論を急ぎすぎるな。不気味で奇妙で、悍ましいのは、やっぱり子どもの描いた絵の方なんだよ。——まあ、木や雲はさておいても、髪の黒いのと肌色で大方見当ついたそうだが——お父さん? お母さん? それともじいちゃん? ばあちゃん? 学校の先生とでも、とにかくそう言う答えが返ってくるものだと思ったんだろうよ。ところが、驚くなかれ、それが誰かと聞かれた時、少年はただそれを『善い人』とだけ教えてやった。これは意表を突いたという分には妙だが、まだそう騒ぎ立てるほどのことでもない。で、その人物の対極におった方を尋ねると、今度はこれを『悪い人』と答えたらしい。ほら、いよいよ不気味じゃあないか? その母親はね、僕にその話を語って聞かせる時、もううちの子には善悪の分別がついているのかしらと喜んでいたが、とんでもない! 事はそう純粋じゃないよ。世の中そう明快なものか。善人も悪人もおらんよ、俺は身をもって知ってるんだ」
「知っている、と言うと?」
「その話は……また後だ。とりあえず、そんな少年がまず居たのだと言うことを、君は知っていればいい」
「何だい、横暴だね。でも、その画にはどうにかして一度お目にかかりたいな。何とか見られないものか」
「今となっちゃあ、どこかに埋もれただろうな。何にしろちょっと昔の話になる——」