第81話 新たな火種
ギリシャ劇場。最前列観客席。
膨大なセンスは消え、いつも通りの夜が広がる。
「おい、そっちの男女二人が急患だ! 優先して運べ!」
ラウラは声を張り上げ、容態が悪い順から知らせる。
そこにはぐったりとした赤髪の青年と、茶髪の女がいた。
「了解しました! ご協力感謝します!」
そこにオレンジ色の制服を着た、長耳に長い金髪の女が現れる。
観客の救助活動は、地元救急隊員が来たおかげで順調に進んでいく。
そんな中、足元をふらつかせながらマイクを握る、一人の実況者がいた。
『流星と見紛うようなボルド選手の凄まじい蹴りを受け、ジルダ選手は地面へ急直下。ボルド選手の勝利に見えたが、結果は、ダブル、ノックアウト……っ! 第十二回ストリートキング決勝は、まさかの両者引き分けで、幕を閉じ、た……』
筋金入りの仕事馬鹿は、役目を全うし、パタリと地面に倒れていった。
◇◇◇
ギリシャ劇場地下。エトナ神殿にある祭壇。
台座に乗る二人の選手を見つめるバニーガールがいた。
真上の大穴からは、実況者のマイクで拡張された声が聞こえてくる。
「引き分けっすか……」
メリッサは、独り言のようにぽつりとこぼす。
周りに人影はなく、肩には一匹の蝙蝠が止まっていた。
『クエスト失敗。冒険者失格だな』
朱雀は爽やかな青年の声を響かせ、意思疎通を取ろうとする。
これを失敗と受け止めるか、成功とみるかは、視点によって違う。
ただ少なくとも、朱雀は『白き神』の復活を望んでいたみたいだった。
「いや、クエストはこれから始まるんすよ」
台座の上にいるジルダを抱え、メリッサは神殿に背を向ける。
殺した責任を取れ。その重圧を一人で背負い、歩みを進めていった。
◇◇◇
ギリシャ劇場。観客席外れ。
救助騒動に紛れ、退場する二人の男女がいた。
「最悪のシナリオは避けられたか」
語るのは、汚い紺の作業服を着た茶髪の男。ラウロ。
目には赤いゴーグルをつけ、その表情はどことなく暗い。
「お気に召しませんか? 上々の結果かと」
顔色を察し、反応するのは、紫色のスカートスーツを着た金髪の女性。
髪は盛り上げられ、両目には同じく、販促用のゴーグルを装着している。
「いいや、まだ終わってない。……そうだろ、アイ」
おもむろにラウロは、ゴーグルに語りかける。
しかし、反応はなく、しんとした沈黙の時間が続く。
どうやら、シラを切って、この場を乗り切るつもりらしい。
仕方ない。そっちがその気なら、こっちも考えるところはあった。
「答えないなら聞き方を変えようか……イザベラ教皇代理」
アイはイザベラの頭文字。ゴーグルは白教が供与したもの。
用いたのは、魂の転写。それの科学的応用。この体と似た仕組み。
言い逃れはできない。この体が世に存在している以上、不可能じゃない。
『……あぁ、バレてたのかい。死んでも頭が切れるねぇ。ラウロ・ルチアーノ』
アイは正体を現し、機械的な音声をやめ、しゃがれた声で語る。
白教の計画はまだ続いている。むしろ、悪化した状態で進行していた。




