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ストリートキング  作者: 木山碧人
第四章 イタリア

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第80話 決勝戦㉑

挿絵(By みてみん)




 真下には、無防備な少年の姿が見える。


 右手を掲げ、目を閉じ、致命的な隙を晒している。


(……何か、来る)


 しかし、ボルドは本能的に察していた。


 相手は類まれな強者。ここで諦めるわけがない。


 こんなあっけない幕引きで、試合が終わっていいわけがない。


「――」


 それでも、蹴りは進行する。容赦なく頭を狙い、迫り続ける。


 大量のセンスがあろうと、防御に使わなければ、意味をなさない。


 このまま接敵すれば、あっけなく決着がつく。そんな時のことだった。

 

蛇咬爪(スネークバイト)


 目を見開き、ジルダは、左手を右手の下に添え、言い放つ。


 両手には空色のかぎ爪。接触するまでのわずかな間に爪は振るわれる。


(そう、こなくては……っ!!)


 自然と口端は上がり、心はこれ以上なく高ぶりを見せいていた。


 ◇◇◇


 一分一秒にも満たない時間。


 コンマ数秒の時の流れにジルダはいた。


「――」


 両手には爪を纏い、眼前には蹴りが迫ってました。


 上空数百メートルからの蹴り。速度は想像もできません。


 それでも、間に合います。そう思えば、きっと実現するんです。


 時間も速度も関係ありません。物理的法則の外に、意識を置くんです。


「……らぁぁぁッ!!!」


 放たれたのは、第二の牙でした。


 両手の爪を牙に見立て、口を閉じます。


 時間も速度も無視して、牙を突き立てました。


 狙いは迫る右足。センスが集中した相手の起点です。


 ◇◇◇


 時間と速度の法則に反し、ジルダは両手を閉じる。


 まんまと飛び込んできた獲物を食らうように、牙が襲う。


 右足は前に突き出している。ここから軌道修正することは困難。


(並みの使い手なら、ここで決着。であろうな……っ!!)


 ボルドは臆することなく、足をそのまま突き出している。


 差し出す覚悟をしたからではない。勝てる見込みがあったからだ。


戦闘武踊トゥラニー・ウルラグ――山羊の戯れ(ヤマーニー・トグルム)


 打ち出すのは、一の武踊。原点回帰。新たなる境地。


 限界の先に見出した武の循環。踊りの螺旋。自然の理。


 右足には二本の角が生え、迫りくる牙を受け止めていた。


 ◇◇◇


 ボルドさんは、とんでもない荒業をやってのけました。


 最初に振る舞った武踊を、この土壇場で再演してきたのです。


 放った牙は二本の青い角に受け止められ、蹴りの勢いは止まりません。


「……うぐ、ぐっっ!!!!!」


 上空数百メートルの落下速度が乗った蹴りの質量が、体に襲い掛かります。


 ドスンと足元の砂地はへこんでいき、受け止めた両手は引きちぎれそうです。


 絶体絶命の状況。奥の手はもうありません。このままだと、敗北は濃厚でした。


(さすがは、ボルドさん、ですね……っ!)


 それなのに、不思議と笑みがこぼれます。

 

 逆境も苦境も困難も楽しくて仕方がありません。


 勝つべくして勝つのは、正直、飽き飽きしていました。


 負けるべくして負けるのも、悔しさだけが募っていきました。


 勝つか負けるか分からない、命懸けの勝負だからこそ面白いのです。


 それが今やっと分かりました。理解できました。骨身に染みていきました。


(おかげで、やっとたどり着けそうです。課題の先の境地に……!)


 可愛いを極めろ。弱いのが可愛い。弱くて強いのが可愛い。


 弱いのは悔しい。強いのはつまらない。追い求めるのは、その先。


「……っっ」


 意識を集中して、全身に押し集めるのは、大量のセンス。


 今まで野放しになっていた、使いどころのない過ぎた力です。


 その間にも、足元は沈み、体ごと地面にえぐれ込んでいきました。


(起死回生の技も、傍若無人な力も、ボクには必要ありません……っ!)


 集めたセンスにオーダーを送ります。


 勝つためでもなく、負けるためでもないやり方。


 瞳に意思が宿るのを感じます。心に火が灯るのを感じます。


「止める……。止めてやる、です……っ!!!!」


 突き出した両手は、相手を殺すために振るうものではありません。


 武とは、ほこを止めると書いた文字。過去のお父様の発言は正しかった。


『やられる前に止める。それが、僕の選んだ道なんです』


 頭によぎるのはドローンに記録された、『血の千年祭』の映像と音声。


 弱くても自分から困難に立ち向かい、その身一つで事件を止めていました。


 一時的とはいえ、あの大司教様を、物理的にも精神的にも上回っていたのです。


(お父様の理想は、ボクの心にも根付いていた……)


 見ないようにしていました。考えないようにしていました。


 お父様だと意識しないようにしていました。素っ気なくしていました。


 でも、無理なんです。表面は偽れても、内面までは、決して偽れやしないのです。


(だから、だから、だからぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!!!!!!) 


 心の雄叫びを上げ、あり余るセンスを一か所に集めます。


 ボルドさんのように、精度の高いセンスの操作はできません。


 だけど、センスを緩衝材のように、足元に集めるぐらいはできます。


「……っ、……っっ、……っっっ!!!!」


 それでも簡単には止まりません。


 砂地を抜け、硬い地面に到達します。


 展開したのは足元だけ。他は手薄でした。


 だからこそ、体の節々が擦り切れていきます。


 このまま粉微塵になって消えてしまいそうでした。


(お父様なら、諦めない……お母様なら、やり通す……)


 それでも、背中にはお二人の手が添えられています。


 諦めるな、やり通せと、見えない力と勇気を与えてくれます。


(もう、少し……あと、すこし……ほんのちょっとだけ……)


 目の前がぐらっと揺らぎ、意識が薄れていきます。


 今、何をしているのかよく分からなくなってきました。


 それでも、両手は放しません。足元のセンスは解きません。


「……っ」


 すると、地面の床が抜けたような感触がありました。


 たどり着いたのは、青い松明に照らされる神殿のような場所。


 その中心に位置する祭壇のような台座に、足と体で着地していきます。


(これ以上は、もう……)


 体中の力が抜けていくのを感じます。


 センスも全て使い切ったような気がします。


 体もボロボロで、両手を上げるのも辛い状態です。


「み……ごと……」


 そこで聞こえてきたのは、相手を賞賛するための言葉。


 燃え尽きたように、ボルドさんは体の上で倒れていきます。


『クロスヒットとダウンを確認。両者に100のダメージ。10カウントを開始します』


 続いてアイさんの声が聞こえてきますが、頭に情報が入ってきません。


 体はもう動きません。どうしようもないって、体が分かっていたからです。


 この状態で出来ることと言えば、一つ。ぼんやりとした焦点を少し、絞ります。


「きれい、ですね……」


 そこには、大穴と夜空と赤い三日月が浮かんでいました。


 止めることができたご褒美としては、十分すぎ、かもですね。

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