第79話 決勝戦⑳
空がピカッと光って、衝突が始まりました。
手応えアリです。どうやら、直感は当たったようです。
(加減はなしで、いいんですよね……っ!!!)
右手を天に掲げ、遠慮なく力を込めます。
さっきみたく、手は抜きません。最初から全力です。
ボルドさんなら耐えてくる。こうでもしないと勝てないんですから。
◇◇◇
上空数百メートルの場所で光と光が衝突する。
天上対地上。肉体対精神。近接攻撃対遠距離攻撃。
溜めに溜めを重ね放たれた蹴りは、牙と拮抗していた。
(加減は、ないようだな……っ!!!)
肌で感じる。手応えで分かる。言葉を交わさずとも理解できる。
これこそが待ち望んでいた勝負。持ち得る全てをぶつけ合う死闘。
加減も忖度も手加減もない。後悔と絶望の果てに見た、理想の景色。
「う、ぐっ……!!!」
しかし、空色の牙と接触する右足の足先から、鋭い痛みが生じる。
凄まじい熱量の塊。一瞬でも気を抜けば、足がひしゃげそうだった。
さすがは類まれなセンスを誇る全力の一撃。負けずとも劣っていない。
体の感覚は、もはやない。熱で全身を溶かされたような錯覚さえ覚える。
だが、それが心地良かった。なんの未練も残らないような、技と技の衝突。
後顧の憂いなき戦い。その望みが叶い、体と心が満たされていくのを感じる。
(ここで灰燼に帰されようとも悔いはない。……だがっ)
望みは叶った。それでも、心は勝利を渇望している。
負けるわけにはいかない。満たされるわけにはいかない。
まだ先がある。まだ高みを目指せる。まだ限界を超えられる。
まだ。まだ。底知れぬ強さへの執着心が、意思となり力に変わる。
「――――」
センスを集める、一点に留める、右の足先だけに凝縮させる。
未熟な相手では到れない領域。センスの量だけが全てではない。
一点突破型の最大出力。力が分散したセンスの塊に劣るわけがない。
「――爆ぜよッッ!!!!」
声を込める。魂を込める。力を込める。センスを込める。
熱風に身を焦がしながら、拮抗する牙を蹴り、押し、穿つ。
見かけ倒しの牙を容易く砕き、勢いは留まることを知らない。
大蛇の口と喉に、一本の鋭い針を通すようにボルドは飛翔した。
◇◇◇
上空で輝く相手の光が、一瞬だけパッと消えたように見えました。
本来なら、有利なはずです。このままいけば、押し切れるはずでした。
それなのに、右手が押されるのを感じます。センスが弱まるのを感じます。
(……嘘、ですよね。あれだけ力を込めたのに)
目の前には信じられない光景が広がっていました。
上空から、ボルドさんが一直線に突き進んできたのです。
このままでは無防備な状態で、あの蹴りを食らってしまいます。
(押し返す、です……? いえ、今からじゃとても……)
死を身近に感じながら、緊迫感だけが増していきます。
解決策なんか簡単には思いつきません。センスは素人です。
どうして、ボルドさんが突破できたのかすら理解できてません。
(落ち着くです。ボクにはまだ……)
それでも、諦めるわけにはいきません。
可愛さよりも弱さよりも大事なことがあるのです。
「――っ」
すると、近くに相手が迫ってくるのを感じます。
見上げれば、頭上にはボルドさんの姿が目視できました。
直線距離にして五歩分。瞬きをすれば、恐らく、敗北は確定します。
(選り好みしてる場合じゃない、ですね……)
それでも、あえて瞬きをしてやりました。
頭にイメージを強く思い浮かべるためです。
思い返すのは、『血の千年祭』で起きた映像。
ドローンが撮影した事件当時の詳細な戦闘記録。
お母様が放った、武器がなければ使用不可能な技。
でも、今なら、可能です。形にできるはずなんです。
「――」
イメージはできました。ゆっくりと目を開きます。
直線距離にして一歩分。鋭い蹴りがそこまで迫っています。
それでも、心は落ち着いていました。覚悟をすでに決めていたからです。
(できるかどうかじゃありません。やるかやらないか、です)
突き出す右手の下に添える形で、左手を突き出しました。
そこに頭で思い浮かべたイメージを、そのまま形に変えます。
すると、水色のセンスが、両手に集まり、鋭利な刃物と化します。
(殺したくはありませんが、殺されたくはないので、仕方ありません)
「蛇咬爪」
放つのは、聖遺物を纏っていた時に見せた、お母様の技。
センスで形作ったかぎ爪による、一切の容赦ない無尽の爪撃でした。




