第78話 決勝戦⑲
空気が戦慄き、熱風が押し寄せる。
そこは昼間と夜中が交錯している場所。
上空数百メートル。青空と夜空の境界線上。
(……奇天烈な世界。二度と拝めぬ光景であろうな)
上昇を続け、感慨深く景色を眺めるのはボルドだった。
熱風の煽りを受けながら、まるで動じず、体勢を保っている。
(いや、風情を感じる暇はない。拙者にはやらねばならぬことがある)
緩やかに体を反転させ、頭と体は地上に向く。
狙いは遥か下。奇天烈な世界を生み出している元凶。
ジルダ・マランツァーノ。生涯、二番目の紛うことなき強敵。
(熟す前で助かった。今ならまだ、刈り取れる)
戦闘経験の豊富さは、群を抜いている。
一方で、センスを扱う経験は、目に見えて浅い。
底なしの燃料があろうと、使い方を知らねば意味はない。
「――」
両足の裏側にセンスを集め、足場を固めていく。
ゴムのような弾力があり、バネのように伸縮する。
そこに力を溜める。勢いを溜める。センスを溜める。
(……まだだ、まだ。この程度では、到底届かない)
両足が天に沈み込むように、緩やかに減速していった。
勢いは足場に溜まり、解放される瞬間を今か今かと待っている。
ここから跳躍することも可能。しかし、溜めは半端。解放は時期尚早だ。
「……っ」
だが、眼下には、右手を天に掲げるジルダの姿。
恐ろしいほどの嗅覚。居場所を割り当てられていた。
(目で捉えたか……? いや、あり得ない。だとしたら……)
足の力と勢いを溜め続けながら、思考する。
そこで見えたのは、両腕から流れ出る、赤い雫。
ぽたりぽたりと重力に引かれ、地面に向かっている。
(血の道標……。止血が先であったか……)
加減され、頭に血が上ってしまった弊害。
それが、確かな形となって目の前に現れていた。
「――ッッ」
そんな時、センスの高まりを感じる。
押し上げられる熱風の強さが増していく。
天を裂き、一直線に迫ってくるのは空色の牙。
未熟でありながら、膨大なセンスを形にした一撃。
先ほどよりも速い。気を抜けば牙の餌食になるだろう。
(使わざるを得ないか……)
接触する間を目視で計るのは不可能。
力の溜まり具合は、おおよそ九割五分ほど。
ここで解放したとしても、十分な威力は見込める。
置きにいくなら、安全に技を出し切るには、今しかない。
(いや、まだだ……。これでも、まだ足りん……)
しかし、ボルドは安全策を蹴り、見送る判断をする。
万全でなければ相手に失礼だ。これで勝っても意味はない。
胸を張って、全霊だと言い張れるその時まで、力を溜めていく。
「……っ」
肌が焼けるように熱い。息を吸えば、肺が爛れ落ちそうだ。
受ける前でこれだ。機を逃せば、噛み殺されて終わるだろう。
ただ、意地というものがある。守るべき誇りというものがある。
(――達した)
足場はこれ以上、沈まない。勢いは弱まり、空中で完全に停止する。
目下には、迫る空色の牙。助走できる距離など、当然残ってはいない。
短距離走ならば、一歩目から最高速度に至らなければ確実に押し負ける。
普通ならあり得ない。最高速度に至るには、20~30メートルの助走が必須。
しかし、ここは普通の場所ではない。陸に縛られた常識は空では通用しない。
「解放」
両足のセンスを解き、溜まりに溜まった力を解放する。
100%中の100%。十割十分十厘。全霊を込めた空中跳躍。
グンと風が肌を突き抜け、一歩目から速度は最高速に達する。
「天神極星ッ!!!!」
その勢いのまま、右足を前に突き出し、加減なしの飛び蹴りを放った。




