第77話 決勝戦⑱
ぽたり、ぽたりと赤い雫が砂地に落ちる。
ジルダのセンスが作り出した牙による、出血だ。
両腕の皮膚は浅く裂け、爪痕のように傷が残っている。
(……傷は大したことはない。問題は、観客が持つか、であろうな)
ボルドは観客席の方を一瞥し、思考する。
バタバタと倒れ、救護活動が始まっている。
人員はセンスを扱える決勝戦選手、四人のみ。
手が限られ、てんやわんやの状態となっていた。
(恐らく、ジルダ殿は気付いていない。……ただ、今さら指摘はできん)
センスを足に込め、砂地を蹴って、助走を開始する。
砂に触れる前に、踏み込む。本来ならあり得ない挙動。
普通なら足を地面に預けてからでないと、踏み込めない。
しかし、着地間際に、足元をセンスで固めれば可能となる。
地面の代わりに、弾力のあるセンスを踏み、加速を繰り返す。
強く蹴って進むのではなく、蹴った力を前に受け流すイメージ。
それが縮地の正体。構造は至って単純。だからこそ、燃費がいい。
余った分のセンスを全て、移動ではなく攻撃に費やすことができる。
(拙者が勝てば、万事解決する。そのためなら、鬼にも悪魔にでもなろう)
真意を胸に秘め、ボルドは加速し続ける。
迷いは微塵もない。後悔は過去に置いてきた。
今はただ風と一体になる。それだけ考えればいい。
「……」
すると、立ち尽くす相手に動きがあった。
右手を突き出し、先ほどと同じ構えを取っている。
(加減なしの牙。受けるなら、死を覚悟せねばならんだろうな)
地を蹴り、加速を続けながら、冷静に思考を回す。
死ぬのは怖くない。加減されて生き残る方がよっぽど怖い。
(全力を出し切って死ねるなら本望。生き恥を晒すのは、もう御免だ)
「――」
ボルドは思考を整理し、最後の踏み込みを果たす。
速度は飛躍的に上昇していき、体は風を置き去りにした。
◇◇◇
決着の時は近い。直感が、そう訴えかけてきます。
右手は正面を向け、後はセンスを乗せ、放つだけの状態でした。
(加減はしません。問題はどこに撃つか、ですね)
砂地に足跡が浮かび、消えていきます。
遅れて血の雫がぽたりと垂れていきました。
(血を追うのはラグがありすぎますね。やはり、本命は足跡)
踏み込みの瞬間、足跡の向きで来るかどうかが分かります。
足跡がこちらに向いた瞬間、放つことが出来れば勝てるはずです。
「……?」
時間で言えば、0.1秒にも満たない間です。
ただ、一向に次の足跡が浮かんできませんでした。
おかしい。そんな違和感が頭の中で膨れ上がっていきます。
(地面に全く触れず加速してるです? いや、そんなわけ……)
そこまで考えた時、ぽたりと血が垂れてきました。
落ちたのは、三歩先にある砂地です。足跡はありません。
(血の跡……。まるっきり的外れでもない、ということですか……?)
耳を傾けても、些細な音も聞こえてきません。
スポットライトに当てられた、影も見えないです。
嫌な予感がします。刻一刻と迫ってくる気がしました。
(いや、待つです……。もし、左右で前方後方でもないのだとしたら……)
限られた時間の中で、思考を回し続けます。
しかし、これ以上考えられる時間はない気がします。
自らの位置を明かすような掛け声には、もう期待できません。
(決め撃つしか、ないようですね……)
撃ってから、途中で軌道修正はできません。
二発目を放つ間に、決着がついてしまうはずです。
外せば、待ち受けるのは、死。それでもやるしかありません。
「……」
頭を向け、右手を掲げ、狙いを澄ませます。
根拠なんかありません。ただの直感というやつです。
でも、これでいいんです。これ以外の答えなんかないんです。
成功も失敗も自分が選んでやったことなら、なんの後悔もありません。
だから。だから。――だから。
「白い牙っ!!!!」
遠慮も加減も一切なく、持てる全力の限り、放ちます。
狙いは上空。水色の閃光が、天に逆らうように牙を立てました。




