第74話 決勝戦⑮
砂塵が晴れ、視界は鮮明になっていきます。
天を仰ぐ状態で見えたのは、水色に染まる空でした。
戦ってたのは夜のはずです。明らかに変なことになってました。
(あれ……? 何が、起こったです……?)
背中には、ザラッとした砂の感触があります。
頭はフワッとして、目の前の情報が理解できません。
拳を振り上げたのは覚えてますが、その後がぼやけています。
(もしかして、あのまま気絶して、朝に……)
ふと頭に浮かんでくるのは、あり得ない予想でした。
自分でも馬鹿だなって思います。でも、他に考えられません。
悔しいですが、きっと負けてしまったんです。相手が一枚上手でした。
(もうちょっと早くから、本気を出していれば……)
敗北した事実を受け止めながら、地面の砂を握り込みます。
ですが、握った砂は、サラサラと手からこぼれ落ちていきました。
掴むのが遅かった。気付くのが遅かった。ただ、それだけのことなんです。
『クロスヒットとダウンを確認。敵に50。マスターに100のダメージ』
そんな時、耳に直接響いてきたのは、アイさんのアナウンスでした。
ドクンと心臓が高鳴るのを感じます。血が巡り、体に活力が戻るのを感じます。
(……まだ、終わってないですっ!)
すぐさま身を起こし、拳をバッと構えます。
カウントされるよりも早く、試合に復帰するためです。
空が明るいのは、よく分かりませんが、戦えるなら問題ないです。
『続行可能だと判断しました。試合を再開してください』
すると、すぐにアイさんは対応してくれ、復帰可能となりました。
よし、と声を上げたいところですが、ひとまず状況の確認が最優先です。
名前:【ジルダ・マランツァーノ】
体力:【850/1000】
意思:【BFN1】
名前:【ボルド・ガンボルド】
体力:【750/1000】
意思:【3012】
視界の端と端に見えたのは、ステータスの簡易表示です。
故障でしょうか。よく分からない数字が表示されていました。
(画面が変、ですが……そんなことより……)
違和感はありましたが、気にすべきことは他にあります。
きょろきょろと視線を動かし、破片まみれの舞台を見回します。
「……三武踊まで受け切ったのは、貴公が初めてだ」
中央には、上半身の衣装が弾け飛んだ、ボルドさんの姿がありました。
強気に振る舞っているように見えますが、額には冷や汗をかいています。
表情には余裕がなく、顔色はどことなく青冷めているようにも見えました。
「ボクもあそこまで追い込まれたのは、初めてかもしれません」
不思議と緊張感が高まっていくのを感じます。
相手の底が、まだ見えていないせいかもしれません。
実際、先ほどよりも強力であろう四武踊目が残っています。
脅威でしかありません。さっきのでもギリギリだったんですから。
「光栄ではあるが、口三味線に乗せられるほど、身の程知らずではない」
すると、ボルドさんは、よく分からないことを言ってきます。
もしかしたら、実力を過信しないための、謙遜なのかもしれません。
「……口三味線? あの、実際にボクを追い込んだのは事実だと思うですが」
ただ、あまりにも卑屈が過ぎるような気がします。
普段の態度なら、賛辞を受け取る余裕はあったはずです。
さっきまであった自信は、どこへ行ってしまったのでしょうか。
「まさか、気付いていないのか……? いや、そんなはずは……」
ボルドさんは、辺りを見渡し、怪訝な顔つきをしています。
なんでしょう。砂塵も消えてますし、周りには何もないはずですが。
「ハッキリ言ってくださいです。ボクには、なんのことだか分かりません」
ここまでくれば、無性に気になってきました。
試合も大事ですが、遅かれ早かれ、決着はつきます。
だったら、後顧の憂いを断ち、全力で試合に臨みたいです。
「拙者はこんな化け物を相手取ろうとしているのか……。空は何色だ?」
額に手を当て、呆れた果てたように、ボルドさんは尋ねます。
不意打ちの可能性も考えましたが、言われた通り、上空を見ます。
「水色、ですね。それが、どうか……」
なんてことない見慣れた空のはずでした。
でも、言いかけた途中で、気付いてしまったんです。
「舞台全体を覆い、空が変色したように見える光。その全てが、貴公のセンスだ」




