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ストリートキング  作者: 木山碧人
第四章 イタリア

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第73話 決勝戦⑭

挿絵(By みてみん)




戦闘武踊トゥラニー・ウルラグ――駱駝の奔走(テメエ・グイデグ)


 ボルドさんの顔つきが変わり、三つ目の技を繰り出そうとしています。


 見た目に変化はありません。数歩離れた場所で、右足を振り落としました。


「……」


 武舞台に亀裂が入り、割れ、砕け、足場がなくなっていきます。


 ただ、ルール上、場外負けはありません。素直に、砂地へ着地しました。


(砂地を利用した方がいいという判断。テーマはラクダですかね)


 モンゴル語は理解できませんが、遊牧に由来してるのは分かります。


 最初がヤギで、次がヒツジだと考えれば、簡単に予測できる部類でした。


(ここから、センスをどう絡めてくるのか、お手並み拝見ですね)


 焦ることはありません。静かに相手を見つめ、出方を待ちました。


「――」


 すると、ボルドさんは、ゆっくりと走り出しました。


 走り方は側対歩。踏み出す足と手が同じ、疲れにくい歩法。


 こちらに向かってではなく、ぐるりと舞台の外周を回る感じです。


(うかつに触るのは危険。様子見が安定ですね)


 そう考えながら、ボルドさんを目で追い続けます。


 すると、徐々に徐々にスピードが上がっていきました。


(さっきと違って規則的のようです。奇襲は意味をなさないですね)


 規則的な周回を繰り返し、愚直にぐるぐる回っていきます。


 ここから襲われても、なんの工夫をしなくとも、受けられます。


(何か意図がありそうです。例えば――)


 相手の出方を待っている間に想像を巡らせていくと、動きがありました。


「……」


 風がなびき、赤いスカートがゆらゆらと揺らめきます。


 最初はそよ風が吹いた程度でしたが、徐々に強まっていきました。


(そう、きましたか)


 砂埃が舞い上がり、視界が悪くなっていきます。


 風は鋭くなり、武舞台の破片が飛び交っていきました。


 まるで、台風の中にいるようです。観客席はもう見えません。


(人工的な砂塵……。少し厄介かもですね)


 状況を冷静に分析しつつ、相手の姿を探します。


 しかし、視界が悪く、居場所が分かりませんでした。


「――っ」


 そんな時、後ろに鋭い気配があり、拳を振るいます。


 バシンと音を立てましたが、砂となって消えていきました。


 どうやら、飛び交っていた破片に体が反応してしまったようです。


(悪天候は、相手も同じはず、ですが……)


 全身に泥を塗りたくられたような、いやな感じです。


 一方的に、不利な場に追い込まれた時の感覚と似てました。


「……っ」

 

 すると、再び、後ろに鋭い気配。すぐさま、拳を振るいました。


 正体は破片。パシンと音を立て、先ほどと同様、砂となっていきます。


(また、ですか。連続されると感覚が鈍るのが面倒ですね)


 ほっとしつつも、改善する気配のない悪天候に、不満はたまる一方でした。


「……ん?」


 そんな中、視界の端の砂塵が、わずかに揺らいだような感じがしました。


 ほんの些細な違和感でした。破片のせいで過敏になってるのかもしれません。


(絶対何かあるはずです。見落としてはいけません……)


 ただ、それを気のせいで済ませるのは、三流のすることです。


 警戒心をむしろ引き上げて、違和感を感じた上空に意識を割きました。


「……っ!?」


 目を凝らし、ようやく見えた先に、それはありました。


 落ちてきたのは、武舞台。直径5メートルはある分厚い床です。


(回避……。いえ、間に合いませんね……)


 視界の悪さを利用した、投擲。


 砂塵環境に適応した見事な攻撃でした。


 環境適応能力に長けるラクダも顔負けの技ですね。


(仕方ありません。受けるしかないよう、ですっ)


 そこまで考え、地面を蹴り、真上に跳びます。


 目には目を、技には技で応える他ありません。


「――虚空拳極楽」


 放つのは、脱力した拳の連打。


 当たる瞬間にだけセンスを込めます。


 武舞台は砕け、破片に変わっていきました。


(ふぅ……。こんなもの、ですかね)


 叩き潰されないほどに床を砕き切り、安堵します。


 気づくのが遅かったら、致命傷だったかもしれません。


 警戒しておいて正解でした。違和感は放置しちゃ駄目ですね。


(……また、ですか)


 地面に落ちるまでのわずかな間。


 そこで、また後ろに鋭い気配を感じます。


(普通の使い手なら同じ反応をするでしょうが、ボクは違うです)


 これまでのは全て布石。きっと、これが相手の本命です。


 後ろを振り向きながら、最大限の注意を払い、意識を傾けます。


「甘い、ですよ!」


 放つのは、振り向きざまの右回し蹴りです。


 迫った相手を叩き落すような軌道で放ちました。


「……っ!?」


 しかし、そこにあったのは、またもや破片でした。


 同じ手は三度も使わない。という考えを読まれたみたいです。


(まずいです……。下じゃないということは……)


 致命的な隙を晒しながら、首だけ逸らし、上を見ます。


 見えてきたのは、砕け残った床から飛翔するボルドさんの姿。


 重力に引かれ、こちらが体勢を整える前に、見る見る迫ってきます。


「読みが深いのが浅い。玄人同士の読み合いは未熟のようだっ!」


 接敵するわずかな間。ボルドさんの声が聞こえてきました。


 達人同士が接敵すると生じる時間の矛盾。超感覚というやつです。


(読みを逆手に取られたようですね。ですが――っ!)


 普通なら、ここから振り返っても間に合わないです。


 ですが、今は超感覚中。それを利用し、体を反転させます。


 背中から地面に落ちながら、体は上空に向き、上が見えてきます。


 真上にはボルドさんがいて、拳を振り下ろそうとしているところでした。


「――ッ!!」


「――ッ!!」


 真上と真下。振り上げた拳と、振り下げた拳の衝突。


 水色と青色のセンスが空中で弾け、淡く消えていきます。


(なんとか間に合った、です……。ここからは……)


 ボルドさんの驚くような顔が見えます。


 でも、すぐに切り替えたような顔に戻ります。


 どうやら、相手も同じ答えにたどりついたようです。


「……うぉぉぉおおっ!!!」

 

「……やぁぁぁああっ!!!」


 互いにお腹から声を張り、始まったのは、手数勝負。


 拳がぶつかり合い、蹴りがかち合い、落下していきます。


(拳が重い……。何かきっかけがないと、押し負ける、です……)


 重力があるせいで、上側にいる相手の方が拳に威力が乗りやすいです。


 徐々に地面へ押し込まれていくのを感じますが、後ろを見る余裕はありません。


「……っ」


 そこで見えてきたのは、破片でした。


 ボルドさんの真上から、降ってきます。


 後ろに目がない以上、見えないはずです。


(使えるものは、全て使うです……)


 攻防に意識を割きながら、タイミングを計ります。


 今のペースなら、三回目の打ち合いで、恐らくちょうど。


「――」


「――」


 手先で気取られないよう、細心の注意を払います。


 一回、二回と拳と足はぶつかり合い、三回目が迫ります。


 狙い通り、拳大サイズの手ごろな破片が上から落ちてきました。


(……これで、形勢逆転ですっ!)


 顔を狙ったように見せかけた右ストレート。


 それで破片を粉々に砕いて、相手の視界を奪います。


 そう頭に思い描きながら、落下する破片に拳を合わせました。


「……っ!?」


 しかし、目の前がいきなり見えなくなりました。


 細かい砂粒が、いきなり目に入ってきたからです。


 そのせいで手元は狂い、破片への拳は空振りました。


「卑怯とは、言うまいな」


 閉じた目の中で、聞こえてきたのは、ボルドさんの声でした。


 恐らく、手の中に砂を仕込み、同じタイミングで仕掛けてきたんです。


(読まれたのか、思考が同じだったのか……。どちらにせよ、不覚、です……っ)


 悔しい。久方振りに味わう感情が、体の中を巡っていきます。


 反射的に、体の奥底のセンスを全て解放したいという気になりました。


(いえ、弱くて、いいんです。負ければ、ボクの夢は……)


 その願望を必死で抑え込み、自分に言い聞かせます。


 このままボルドさんの一撃を待てば、決着がつくでしょう。


「とどめを刺させてもらうっ!」

 

 そこに、ボルドさんの張り上げた声が聞こえてきました。


 念願の負けです。勝ちたい気持ちはそこまでだったみたいです。


 チームを組む前から、何も変わってません。身勝手な自己中人間です。


(……これで、いいんですよね)


 心は下の下まで落ちていき、続けて、体も落とすだけです。


 手を抜いて、加減して、悔しさから目を少し背けるだけです。


(ごめんなさい。ラウラさん、ジェノさん……)


 微量に纏っていたセンスも消え、最後の希望もなくなっていきました。


 終わりです。これで、正真正銘、全部終わりです。どうしようもありません。


(ボクは、ボクは……)


 頭の中は、言い訳だらけになりました。


 謝れば、お二人なら、許してくれるはずです。


 それで、心置きなくお二人とお別れができるはずです。


「へばってんじゃねぇぞ!! それでも、お前は僕の息子か!!!」


 そんな失意のどん底にいた時、聞こえてきたのは、お母様の声でした。


 見えないはずなのに、聞こえないはずなのに、的確に応援をしてくれました。


「……っ!!!」


 痛いはずの目がパチリと開き、正面を見つめます。


 拳は瞳のすぐ前まで迫っていました。でも、間に合います。


 いえ、間に合わせてみます。きっとできます。なんとか、するんです。


「ボクはぁぁぁぁああああああああぁっ!!!!」


 体中から水色のセンスが迸り、反射的に拳を振るいます。


 迎撃が間に合おうと、間に合わなかろうと、関係ありません。


 ただ、ボクは諦めなかった。それは変えようのない事実なのです。

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