第71話 決勝戦⑫
ギリシャ劇場。最前列観客席。
そこに座るのは、二人の若い男と女。
前屈みになり、食い入るように観戦している。
「……あのちっこいの、センスがない?」
その内の一人。赤髪の青年は、小首を傾げ、ぽつりと述べる。
顔にある赤いゴーグルを上げ下げして、怪訝そうに試合を見ていた。
「センスがないのは社長では? 受け身の際、微量ながら光が見えましたよ」
ゴーグルを中指で押し上げ、偉そうに語るのは茶髪の女性。
目を細め、一挙手一投足を見逃さないよう、試合に集中していた。
「……おいおい、まじかよ。あの子、成績最下位の選手なんだけどな」
「十中八九、実力隠し系です。私の直感が言ってるので間違いありません」
半信半疑の赤髪の男に対し、茶髪の女性は自信満々に言い放つ。
短いながらも、話は平行線。男の方は顎に手を当て、考え込んでいる。
「……最弱対最強ね。なら、こいつを買い付けるか、賭けようか」
悩んだ末に、赤髪の男はゴーグルを外し、真剣な顔つきで語る。
先ほどまでの砕けた雰囲気はない。試合ではなく、ビジネスとして。
そう言わんばかりの雰囲気で、隣に座る女性に、賭けを持ち込んでいた。
「私は当然、あの子に賭けます。買い付け単位は、1000ダースでお願いします」
女性が指を差した先には、ジルダ。最弱と言われた側。
一切の迷いも、揺らぎもなく、冷静かつ淡々と賭けに乗る。
「げっ。1000ダースって、3000万ユーロだぞ……」
その単位の大きさに、赤髪の男は顔を青冷めながら、ためらっている。
帝国換算では約50億円。大手規模の事業を、一括で買収できるほどの金額。
「賭ける前から負ける心配ですか? これだから下積みのない二代目は――」
乗り気でない男に対し、女性はグチグチと嫌味を吐く。
「あぁ、乗ってやる! 代わりに俺が勝てば、語尾に一生『にゃん』をつけろ!」
言葉を遮るようにして、赤髪の男は承諾し、条件をつける。
茶髪の女性は「謹んでお受け致します」と快諾し、賭けは無事成立。
資金と尊厳がかかった勝負。二人の視線は、より熱く、選手に注がれていった。
◇◇◇
ギリシャ劇場。武舞台上。構えるのは、二人の男性。
赤い村娘服を着たジルダと、青い民族衣装を着たボルドだった。
「拙者の技は、四つの型で構成される。先ほど見せたのは、最弱の型だ」
指を四本立て、ボルドは手札を晒す。
無論、相手が強者だと確信した上での発言だ。
手札を隠した方が有利だが、勝ち方というものがある。
不意打ちで勝つには、勿体ない。そう思えるほどの相手だった。
「ボクとしては、いきなり全力でも構いませんが、尻上がりといった感じです?」
すると、ジルダは、少ない情報の中から、鋭い考察を飛ばしてくる。
場数が物を言うとは、良くいったものだ。齢12にして、芯を食っている。
一切の予断を許さない相手。ここまで腕が鳴る試合は久方振りかもしれない。
「おっしゃる通り。武踊は四幕構成。手順を省かないからこそ、威力を発揮する」
だからこそ、入念に、勝つための下ごしらえをする。
言い訳の余地がないように、丁寧に、確実に、逃げ道を塞ぐ。
勝負とは元来、そういうものだ。ルールに同意した上で決着をつける。
さらに高みに上るため、いや、納得した勝利を手中に収めるための通過儀礼だ。
「だったら、あと三回、技を受け切ったら、ボクの勝ち、なんですね」
理解力の早い相手は、すぐさま弱点に気付き、指摘する。
手札を隠したところで、見抜かれるのも時間の問題だったろう。
「武踊は呼気を激しく消耗する。連続使用は困難な技。自ずとそうなるはずだ」
ボルドは素直に事実を認め、致命的な弱点を晒した。
これで卑怯も無粋も存在しない試合となった。理想の戦場だ。
「手の内は分かったです。さっさとかかってくるといいですよ」
そう語るジルダの体には、センスが微塵も感じられない。
力みと脱力を心得ているからこその所作。一つの武の極致。
(相手にとって不足なし。加減をすれば、失礼というものっ!!!)
ボルドは、体から青く鋭いセンスを生じさせる。
微塵も余すことなく、体の奥底から力をひねり出した。
名前:【ボルド・ガンボルド】
体力:【1000/1000】
意思:【2987】
戦場を整えたおかげか、数値は過去最高値を更新。
常人ならば、触れるだけで気絶させられるほどの意思の力。
敗戦の言い訳をできないほどのセンスを以て、目を閉じ、口を開いた。
「戦闘武踊――羊の譫言」
ゴーグルの価格を一桁間違えていました。
1000ダース300万ユーロ→1000ダース3000万ユーロです。




