第69話 決勝戦⑩
頭が熱い。視界がぼやっとしてきやがる。
足元は砂場の上にいるような感覚。ここは一体、どこだ。
「ラウラ、気分悪そうだけど、大丈夫……?」
聞こえてくるのは、ジェノの声。
視界は少しずつ鮮明になり、開けてくる。
見えたのは武舞台に立つ、ジルダとボルドだった。
「ここは、ギリシャ劇場か……」
そこで頭がようやく状況を理解した。
今は、『ストリートキング』決勝、大将戦だ。
先鋒戦は勝ち。中堅戦は負け。優勝するかはここで決まる。
「何、当たり前のこと言ってるのさ。そろそろ始まるよ」
ジェノは横目でこちらを見て、呆れたように語る。
その手には、青銅色の鏡。『八咫鏡』を持っていた。
(……いつ、こんなもん手に入れた)
それが妙に気にかかる。記憶が一部欠けてるような感覚だ。
「待て。ここに来る前、何があったか説明してくれ」
「……え? それ、こんな大事な時に、やらないと駄目?」
「いいから、言え! 今は実況がペラペラしゃべってるから暇だろ」
響くのは、無駄に熱い実況の声。
つまり、試合はまだ始まってすらいねぇ。
ごちゃついてる思考を整理する時間くらいはあった。
「えっと、ここの地下に神殿があって、『八咫鏡』があったから回収した」
ジェノは戸惑いながらも、簡潔に説明する。
あまりにもシンプルで、なんの起伏もないストーリーだった。
「……いや、もっとあっただろ。中でなんかなかったのか?」
思い出そうとしても、頭がずきんと痛むだけ。
その違和感を探るように、口調を強めて問いただした。
「知らない。外には白教の信徒がいたけど、中はラウラが入るなって言ったから」
ジェノは淡々と当時の状況を思い出しながら、答えていく。
言われたことで、ぼんやりした記憶が少しだけ蘇るような気がした。
(確かに、言った。それは覚えてるが……)
ただ、肝心なところが抜け落ちてる。
中で何があったか、まるで思い出せねぇ。
漫画の山場部分を丸々破かれたような気分だ。
「……いや、だったら、『八咫鏡』は誰が持ち出したんだ」
覚えてないもんは、気にしても仕方がねぇ。
ただ、ジェノは、『八咫鏡』を手に持っている。
つまり、入手した前後の出来事は知っているはずだ。
「誰って、そりゃあ、ラウラしかいないでしょ。忘れちゃったの?」
しかし、返ってきたのは、謎を深める回答。
忘れちゃいけねぇことを忘れちまってるような気がした。
◇◇◇
ギリシャ劇場。武舞台。時刻は夜。
夜空には、綺麗な三日月が浮かんでました。
(……ここで負ければ、ボクの夢は叶うんですよね)
天を仰ぎながら考えるのは、将来の夢のこと。
お父様と一緒に暮らす。そんな平凡な日常が欲しい。
それ以外、何もいらないって今までずっと考えてきました。
だから、『シビュラの書』の予言に従い、不義理なこともしました。
(でも、それは本当にボクが欲しかったものだったのでしょうか……)
チームのお二人と出会ってから、本当に色々なことがありました。
嬉しかったこと。苦しかったこと。楽しかったこと。悔しかったこと。
どれもかけがえのない思い出です。色褪せることのない刺激的な毎日でした。
(夢か、現実か……。戦いの中に答えはあるのかもしれませんね)
勝つか、負けるか。不義理を働くか、否か。
心の内側を理解するにも、現実に目を向けました。
「いい顔をしている。出会った頃に比べて、凛々しくなったな」
そこにいたのは、青い民族衣装を着るボルドさんでした。
白いグローブに、黒いゴーグルをつけた、対戦用の衣装です。
手を前に突き出し、体の奥がむず痒くなる褒め言葉をくれました。
「……当然です。ボクは、こう見えても、れっきとした男の子ですからね」
対する返答は、これしかありませんでした。
可愛いも嬉しいですが、凛々しいも捨てがたいですね。
「な、ぬっ!?」
すると、ボルドさんはなぜか、目を見開き、明らかに動揺していました。
よく分かりませんが、戦うことに変わりありません。手を前に突き出しました。
名前:【ジルダ・マランツァーノ】
体力:【1000/1000】
勝率:【0勝4敗0%】
階級:【木】
実力:【1273】
意思:【未測定】
名前:【ボルド・ガンボルド】
体力:【1000/1000】
勝率:【13勝0敗100%】
階級:【聖遺物】
実力:【2161】
意思:【2821】
こうして、試合は始まったのです。
このチームで戦うことができる最後の試合が。




