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ストリートキング  作者: 木山碧人
第四章 イタリア

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第67話 在りし日の記憶⑪

挿絵(By みてみん)




 手の中には、衝撃で起爆するサイコロが一つ。


 目の前には、起爆したサイコロを食らって無傷の男が一人。


(まだサイコロはあるが、直撃でほぼ無傷の相手に、どうすりゃいい……)


 パイプ椅子に座り、右手を軽く握りながら、ラウラは思考する。


 不意打ちは失敗に終わった。もう一度当てるのはどう考えても厳しい。


 万策尽きたといってもいい状態だった。今ので手の内はバレちまったからな。

 

「飛び道具といったところか。まだ一歩も動いていないのが、頂けない」


 ジッパーを閉じる音が聞こえる。


 金髪の男は陰茎をしまい、立ち上がる。


 興味は後輩より、こっちに移ったって感じだ。


 どうにか一歩動かして、性奴隷を確定させたいらしい。


「動かしてみろよ。お前を倒すのなんざ、座ったままで十分だ」


 人差し指を二度引くように見せ、ラウラは挑発する。


 当然、ハッタリだった。サイコロ以上の隠し玉はねぇ。


 手の内がまだあるように見せかける三文芝居ってやつだ。


「ハッタリ、にしては威勢がいい。サイコロ爆弾は残り一つ、といったところか」


 ご名答。やりにくい中年親父だ。


 体だけじゃなく、頭も冴えてやがる。


 ここまでやり手だと逆にワクワクするな。


「だとしたら、どうする。投了でもするか? 今なら許してやらんこともないぜ」


 適当に会話を繋げ、思考を巡らせる。


 議題は、この逆境をいかに乗り越えるか。


 時間を稼げれば、光明が見えるかもしれねぇ。


「時間稼ぎが見え見えだな。意外にも隠し玉は、苦戦してる看守長様か?」


 金髪の男は戯言に興じながら、一歩、また一歩と近づいてくる。


 その通過した隣では、明らかに押されつつあるルミナの姿があった。


「さぁな。素直に教えるわけねぇだろ」


 気付けば、密着。金髪の男は、目の前まで迫る。


 ズボン越しに隆起した股間が、嫌でも目に入ってきた。


「それなら、その体に聞かせてもらおうか」


 男はパキポキと拳を鳴らし、言い放つ。


 密着状態じゃ、サイコロは自殺行為に等しい。


 しかも、相手はそれを防ぐ何らかの手段を持ってる。


(やるとしたら、あれぐらいか……)


 そんな中で浮かんだのは、一つのプラン。


 考えるだけで吐き気を催すほどの、やり口だった。


(手段は、選んじゃいらねぇよな……)


 刻一刻と迫る、喧嘩に発展するまでの時間。


 必死に考えを巡らすも、行きつくのは同じ場所だった。


「……待て。お前、溜まってんだろ。僕が抜いてやるから、見逃せ」


 ラウラが選んだのは、ハニートラップ。


 女の体を武器にした、古典的なやり方だった。


「ふっ。倒すとは、まさか、私を骨抜きにする。ということか?」


 金髪の男は鼻で笑い、小馬鹿にしたように尋ねてくる。


 こっちの意図を、全部見抜いた上での発言、なんだろうな。


 なんだか小恥ずかしい気持ちになって、発言を撤回したくなる。


「あぁ、そうさ。女には女の戦い方があるんだよ!」


 だからこそ、開き直ってやった。


 それ以外、勝ち目はなさそうだからな。


 寝込みを襲ってやれば、ワンチャンだってある。


「……」


 すると、金髪の男は、こっちの顎を手で掴み、顔を覗き込む。

 

 そして、目が合った。真偽を確かめている。そんな印象を受けた。


「なんだよ。じろじろ見やがって、見惚れちまったか?」


 目を背けたのは山々だが、瞳を逸らさずに告げる。


 ここでヒヨったら負けだ。意地は通さないといけねぇ。


「見逃せ。というのは、お前ら三人か。それとも、お前だけか」


 どうやら、気になったのは発言の真偽より、その中身らしい。


 確かに、主語が明確じゃねぇ。どうとでも解釈できる内容だった。


(……さて、交渉のテーブルにはつけたか)


 悪くはない展開だ。少なくとも興味を示した。


 腹パンされて即終了、って最悪のオチは免れたみてぇだ。


(後は、どっちを選べば気を引けるか、ってとこだな)


 提示されたのは、表面的な二択でしかねぇ。


 どっちを選んでも、こいつはここで始末する。

 

 その心持ちは変わらねぇし、相手も分かってる。


 内容次第で話に乗ってやる、ってところだろうよ。


(茶番も茶番だが、嘘をつけば見抜かれる、か……)


 未だに目は合ってる。心を見透かすように、見つめ続けてやがる。


 やるなら、本心の勝負。その後は、ノリと根性でどうにかするしかねぇ。


「僕だけ見逃せ。そのために体を売ってやる」


 綺麗ごとを並べてもこいつにはきっと、通用しねぇ。


 だから、今、素直に思っていたことをそのままぶつけてやった。


 助けたい気持ちもあるが、助かりたい気持ちもある。自分に嘘はつけねぇんだ。


「……」


 金髪の男は、目を鋭くして、瞳の奥を覗き込んでくる。


 どっちでもない時間が続き、嫌な緊張感が体に満ちてくる。


 失敗に終わったら、玉砕覚悟だ。右手ごと、爆弾をくれてやる。


「――気に入った。お前の体は私が貰い受ける」


 だが、男は顎から手を放し、満足げに言い放った。


 本心はどうだか知らねぇが、お眼鏡に叶ったみてぇだな。


「へぇ、意外だな。何が気に入ったんだ」


 茶番だろうとなんだろうと、こいつは話に乗った。


 その事実は変わらねぇし、それには理由があるはずだ。


「保身のためなら仲間を裏切る。お前は、そういう醜い女だからだ」


 なんの根拠があるのか、男は理路整然と理由を告げてくる。


 どうせお前は抵抗してこない。そう言われてるようだった。


「あぁ、そうかよ。なんとでも言ってくれ。それよか約束は守るんだろうな」


 こいつがどう思おうが、どうでもいい。


 大事なのは、身の安全が保証されるかどうかだ。


「お前だけは見逃し、お前以外は助けない。私が保証する」


 欲しいところを的確に、男は提示する。


 これなら、体を売る甲斐があるってもんだ。


「へっ。だったら、安心だ。こいつを渡しとくよ。起爆したらおっかねぇからな」


 そう言って渡したのは、サイコロ爆弾だ。


 ヤるには危なっかしくて仕方ねぇ代物だからな。


 男はそれを慎重に受け取ると、不思議そうな顔をしている。


 どうして、こいつがそんな表情をしているのか、意味が分からなかった。


「やはり、お前は醜い女だな。これは抵抗する最後のチャンスなんだぞ」


 ただ、そこまで言われて、はっと気付く。


 演技のはずなのに、演技じゃなくなってるってことに。


「……待て。待ってくれ、そいつを返してくれ」


 今さら遅いって分かってる。みっともないってのも分かってる。


 それでも手を伸ばし、自分から手渡した最後の武器を手繰り寄せようとした。


「そこから動けないのも納得だ。看守長は立ったというのに、お前は保身のために動かなかった。口では仲間を助けたいと言えても、体は違う。自分だけ助かりたくて仕方がない。行動が伴わない。口だけの偽善者。それがお前の本性だ」


 男は、迫る手を避けながら、淡々と事実を指摘する。


 一つ一つの言葉が心に直接突き刺さってくるようだった。


「うっせぇな! 口だけだったら、危険を承知でここに乗り込んでねぇ!」


 それでも、否を認めるわけにはいかなかった。


 行動が伴わないってんなら、この場にいねぇんだよ。


 ズレたことを言う男にイラつきながら、手を動かし続ける。


「くははっ。ここまでくると滑稽だな」


 男は堪えきれない笑いをこぼすように、語る。


 当然、サイコロを持つ手を左右に動かし、避け続けていた。


「……何がおかしい! 何も間違ってねぇだろうが!」


 それでも、必死で反論して、子供みてぇに盗られたサイコロを追い続けた。


「――死刑から逃れるために、お前はここに来た」


 そこで男がぴしゃりと言い放った、一言。


 それだけで、動かし続けた手は簡単に止まった。


「……」


 自分で何がどうなってるのか、理解できなかった。


 いや、頭が理解を拒もうとしていた。だって、それは。


「サイコロはここに置く。図星でないなら、そこから一歩動いてみろ」


 すると、男は一歩下がって、地面にサイコロを置いた。


 手を伸ばしても、足を伸ばしても届かない。絶妙な距離だった。


 拾うためには、一歩前に出ないといけない。でも、一歩、前に動いたら。 


「……終わりだ」


「……くっ!!!」


 その間にも、アンドレアとルミナの戦いに決着がつく。


 ルミナは片膝をつき、再起不能といったような状態だった。


(動けるのは僕しかいねぇ……この状況をどうにかできるのも、僕だけだ)


 真っ白になりかけた頭でラウラは考える。


 状況を整理して、やるべきことに思考を巡らせる。


「……僕は、僕は」


 必死で答えを出そうとする。足に力を入れて前に出ようとする。

 

「言っておくが、動いて職員の慰安婦になっても、死刑は受けてもらう」


 その気力を削ぐように、男は逃げ道を塞いでくる。


 なんの言い逃れもできない状態まで追い込まれていく。


「あ……あぁ……」


 体の力が抜けていく、目の前がじわりと歪んで見えてくる。


 手の形が分からなくなってくる。何が正しいか分からなくなってくる。

 

(僕は……)


 それ以上、考えてはいけない。そう心は叫んでいた。


 だけど、抑えられない。思考は止まらない。事実は変わらない。


(なんて醜い人間なんだ……)

 

 自覚してしまった頃には、全てのやる気が失せていた。


 戦う気さえ、抵抗する気さえ、仲間を助ける気さえ起こらない。


 自分さえよければいい。自分さえ助かればいい。それで頭がいっぱいだった。


「答えは出たな。このまま抱かせてもらうぞ。嫌なら抵抗しろ」


 トントン拍子に話は進み、男は約束を果たそうとする。


 体を売れば、見逃す。ひいては、死刑からも逃がしてくれる。


 いちいち聞かなくても分かる。こいつはそこまで面倒を見るつもりだ。


(……生きるためには、仕方のねぇ、ことなんだ)


 そう言い聞かせながら、自分の上着に手をかけていく。


 行為には邪魔だ。やるなら、さっさと終わらせた方がいい。


 ――そんな時だった。


糸石榴イトザクロ

 

 目の前には、縦と横に折り重なる糸と血液と肉片。


 同時にサイコロは起爆し、事務所中央に穴が開いていった。


「……は?」


 目の前が歪んでよく見えねぇ。見間違いにしか思えなかった。


 だって、視界の映像が本物なら、主犯格は死んで、逃げ道はできた。


 出来すぎだ。ピンチにヒーローが助けに来たぐらい、都合のいいシナリオだ。


「帰るっすよ、先輩。誘拐ごっこはもう十分楽しめたっす」


 膨大な情報を頭で処理しきれず、視界は暗くなってくる。


 その刹那に聞こえてきたのは、後輩の頭のネジが外れた発言だった。

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