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ストリートキング  作者: 木山碧人
第四章 イタリア

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第64話 在りし日の記憶⑧

挿絵(By みてみん)




 アルカトラズ刑務所別棟一階。監房。


 中央に長い廊下。左右に独房。吹き抜けの天井。


 二階にも独房がある見通しのいい場所。本棟と同じ構造だ。


「なんだ、こりゃあ……」


 監房の廊下に足を踏み入れたラウラは、声を上げる。


 目は見開き、口を大きく開け、驚きを隠し切れずにいた。


「おい、見ろよ。女だぜ、女」


「ふん。陰茎と精巣のないメス豚に興味はありませんね」


 下心丸出しの囚人と、下心がない囚人の会話が耳に入る。


 内容はどうでもいい。メス豚呼ばわりされようが気にならねぇ。


 問題はもっと別の部分にある。本棟と比べ、明確な違いがあったんだ。


「なんで、囚人が廊下に立っていやがんだ……」


 時間の割り当てが、男と女で違うとは考えにくい。


 今は、食事でもシャワーでも自由時間でもないはずだ。


 それなのに、会話していた二人は、堂々と独房の外にいた。


 つまり、こいつらは、囚人なのに、独房に拘束されてねぇんだ。


「何を惚けている、囚人番号1079。キリキリと歩け」


 突っ立ってたところに、背中を押してきたのは女看守。


 その手には、囚人を拘束するための手錠も縄も持ってねぇ。


 それでも、囚人の上に立ち、監督する本来の役目を全うしていた。


(さすがは『鉄仮面』……。敵地なのに、堂々としてやがる)


 ラウラは、その姿勢に素直に感心していた。


 普段のこいつは豆腐メンタルで、ひ弱な人間だ。


 それなのに、今は厳格な看守を完璧に演じてやがる。


 『鉄仮面』という名は、ある意味でピッタリだったかもな。


「……っと、そうだった。さっさと案内してくれ、看守さんよ」


 すぐにラウラは、自然な形で会話に乗っていく。


 こっちも負けてられねぇ。囚人って役を演じねぇとな。


「――」


 しかし、看守はなぜか返事をせず、後ろで突っ立ったままだった。


(ん? なんだ、後ろでなんかあったの、か――)


 そこまで思考した時、止まっている意味が分かった。


 背中に当ててきた看守の手が、かすかに震えてやがったんだ。

 

(……演じられるのは見てくれだけってわけか。仕方ねぇな)


 すぐに状況を察し、ラウラは振り返り、小声で語り出す。


「いざとなったら、お前だけでも助けてやる。だから、もう少し踏ん張れ」


 それは、なんの根拠もない励ましの言葉だった。


 普段の『鉄仮面』様なら、軽く笑い飛ばすだろう。


「……」


 だけど、ひ弱なこいつには、効果があった。


 背中に当てた震える手が、すっと引っ込んでいく。


 返事は当然なかったが、その行為だけで、十分伝わった。


「聞こえてなかったのか? 案内しろって言ってんだ、看守さんよぉ」


 だったら、さっきみてぇに、生意気な囚人を演じるまでだ。


 それで、スイッチが入る。『鉄仮面』が戻ってくるはずなんだ。


「口を慎め、下郎! 囚人の身で、看守と対等に会話できると思うな!!!」


 すると、聞こえてきたのは、期待通りの心地いい罵声。


 やっぱりこいつは、『鉄仮面』様は、こうでなくっちゃな。


 ◇◇◇


 アルカトラズ刑務所三階。事務所。


 机がいくつも立ち並ぶ、広いオフィススペース。


 本来なら、刑務所の職員が事務作業をする場所のはずだった。


「こいつら……全員、グルってわけか」


 しかし、職員は左右二列に整列し、机も左右の端に寄せられている。


 中央には、二つのパイプ椅子が見え、奥には、二人の男女が立っていた。


「よく来たな。遠慮せずに、中央の特等席に座るといい」


 答えたのは、黒いタキシード服を着る金髪の男。


 昨日の占拠騒動を引き起こした主犯格。全ての元凶。


「……なんで、きたんすかっ!」


 隣には、手と足を縄で拘束される白いウェディングドレスを着た女。


 同じ独房で一週間近く生活を共にした死刑囚。メリッサの姿があった。


「悪ぃな。逃げても良かったが、誘いは断れねぇタイプでな」


 あることないことを口にして、看守とともに前に進む。


 周りの職員の表情は険しく、いかにも警戒している様子だった。


 加えて、左の列の最前列には、黒髪の男。占拠騒動で見かけた側近の姿。


(戦える護衛は一人で十分ってか……)


 見た感じ、職員は一般人に近いような印象を受ける。


 つまりは、あの黒髪の男が、唯一この中で戦力になるだろう。


 雑魚が何人かかってこようが、いまんところ負ける気はしねぇからな。


「……止まれ。危険物がないか確認する」


 中央まで歩くと、黒髪の男は一歩前に出て、そう言い放つ。


 ここまでは想像通りの展開だった。警戒しないわけがないからな。


「じゃあ、さっさと済ませろ。こっちは気が立ってんだ」


 眉間を寄せ、ラウラはいかにも機嫌悪そうに告げる。


 当然、急かすためだ。念入りに確かめられたら困るからな。


「……失礼する」


 身体検査が始まる。頭の先から、足の先まで丁寧に触っていく。


 髪と口の中まで見られたが、服を脱がして確かめるようなことはなかった。


「問題ない。次はお前だ」


 危険物はなしと判断され、黒髪の男の視線は看守の方へ向く。

  

「悪いが、私は囚人アレルギーでな。危険物はここにある。代わりに触れるな」


 看守は軽く身震いし、汚物を見るような目をして言い放つ。


 続けざまに地面へ落としていったのは、警棒と手錠と縄だった。


「武器を隠し持つ者の常套句だ。見逃すと思うか?」


 警戒心の強い黒髪の男は、そう言って、手を伸ばしていく。


 抗争が起きるかもしれない。銃撃戦に発展するかもしれない。


 そんな緊張感が満ち、看守は額に冷や汗を浮かべ、息を呑んだ。


「――待て。囚人アレルギーに無理をさせる必要はない。見逃せ」


 その間一髪のところで、金髪の男は指示を出し、迫る手はぴたりと止まる。


「……こいつが何か隠し持っているのは、明白だと思うが」

 

 指示に従う黒髪の男だったが、怪訝な顔をしている。


 どうやら、囚人アレルギーの件は事実と受け止めてるらしい。


「いいから、見逃せ。小銃程度で、この戦況はひっくり返らんよ」


 金髪の男はなだめるように言うと、黒髪の男は引き下がる。


 当然、地面に落ちていた警棒などの危険物を回収してからな。


「……で、ここまでお膳立てをして、ここで何をしでかすつもりだ」


 ラウラは用意された椅子に腰かけ、股を開きながら、偉そうに語る。


 横にいる看守は、対照的に膝を横に揃え、気品溢れた姿勢で腰かけていた。


「初夜を決行し、囚人どもと契りを結ぶ。お前たちにはそれを見届けてもらう」


 明かされたのは、醜悪で趣味の悪い目的だった。


「後輩が囚人に集団レイプされるところを、見逃せってか?」


 ここで怒鳴っても意味がねぇ。大事なのは、目的の確認だ。


 止めるのは確定だが、どこで止めに入るかはかなり重要だからな。


「言い方を悪く言えばそのようなものだ。異論はあるか?」


 金髪の男はなんの悪びれもせず、質問を振ってくる。


 こいつには、道徳心ってもんが欠落してるんだろうな。


 だから犯罪者に落ちぶれたんだろうが、気色が悪すぎる。


「異論しかねぇよ。こっちが、指くわえて見てるだけだと思ってんのか?」


 ここにきて隠す必要はねぇ。反抗する意思を告げ、金髪の男の反応を待つ。


 ただ、なぜか、その言葉に周りの職員たちの目の色が変わったような気がした。


(なんだ、この感じ。気持ちが悪ぃ……)


 体中を舐め回されるような、粘っこい視線を感じる。


 見えない手で、体をベタベタと触られてるみてぇだった。


「好きにすればいい。ただし、一歩でも動けば、職員の慰安婦になってもらう」


 金髪の男の言葉に、視線意味が、一発で理解できた。


 つまり、そういう条件で職員を味方につけたってわけだ。


「てめぇ……。囚人の戯言に、大人しく従うとでも思ってんのか?」 


「本棟と別棟で指揮系統は別。別棟の常識は、こちらに通用しない」


 ラウラは感情的に、看守は合理的に反応する。


 言われて、はいそうですか、ってなるわけがねぇんだ。


 ルールを創造できる、くそみてぇな神にでもなったつもりなのか。


「これは提案ではなく、強制だ。動けば、帰る道は永久に閉ざされる」


 金髪の男の発言と共に、バタンと扉がしまる音がした。


 事務所の扉じゃねぇ。刑務所の出入り口を封鎖したような音だ。


 このタイミングの良さ。恐らく、音声か映像が、下に伝わってんだろうな。


「隠し切れるわけねぇだろ。僕はともかく、看守が消えれば、サツは動くぞ」


 あまりにガバガバすぎる計画に、ラウラは思わず突っ込みを入れた。


 監房に閉じ込めただけで、州警察もFBIも出し抜けると思ってるらしい。


 お花畑にもほどがある。そこまでアメリカの法執行機関は腐っちゃいねぇよ。

 

「別棟は旧軍事刑務所を改築したもの。地下には設計図にない懲罰房が存在する」


 本棟は新築で、別棟は南北戦争時代からある。


 公にはできない懲罰房があっても、おかしくはねぇ。


「馬鹿か? 今、この場にいる全員が、その存在を知った、尋問されたら一発だ」


 それでも、まだ粗はある。サツの取り調べはそんなに甘いもんじゃねぇ。


 訓練されてないこの場の一般人共が、全員シラを切れるとはとても思えねぇ。


「聞いたことがあっても見たことがないものは立証できない。知るのは私だけだ」


 金髪の男は、顔にある傷を両手でなぞるように語る。


 背筋がぞっとする。その仕草で強気に出る意味が分かっちまった。


「……お前、元々、そこで拷問されていたんだな。監視役を殺して、出てきたか」


 これは単なる予想じゃねぇ。事実に基づく確信だ。


 顔の傷は拷問された痕。公にはできない罪で幽閉されていた。


 そこからここまで這い上がった。囚人からも職員からも一目置かれるわけだ。


「ご名答。拷問者は非政府組織の人間。目撃者は私しかいない」 


 次に男は両目を指で突くような動作をして、偉そうに述べる。


 実際、偉そうにできるほどのことを、やってのけたのかもしれねぇ。


 犯罪者をよく見てきたからこそ、分かっちまうんだ。格の違いってやつが


「……ちっ」


 そこで自然と出てきたのは、舌打ちだった。


 まさか、相手がこんな大物だとは思いもしなかった。


 囚人と看守、たった二人でどうにかできる範疇を超えてやがる。


「異論はないな。これより、初夜を決行する!」


 そんな中、正体不明の金髪の男は悠々自適に、最悪の始まりを告げていった。 

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