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ストリートキング  作者: 木山碧人
第四章 イタリア

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第60話 在りし日の記憶④

挿絵(By みてみん)




 アルカトラズ刑務所三階。所長室。


 執務椅子に座るのは、主犯格の金髪の男。


 隣には、ゴツイ黒髪の男が睨みを利かせている。


「積もる話もあるだろうが、まずは一服してはどうだ?」


 静寂の中、口を開いたのは、金髪の男だった。


 目の前の執務机には、二つの紙コップが置かれている。


(一服、ねぇ……)


 ラウラの視線は、自ずと置かれれた紙コップに注がれる。


 中身は黒い液体。砂糖が一切入ってない、ブラックコーヒーだ。


 豆からドリップされる一部始終は、一時も目を離さずに確認していた。


(毒を仕込まれた可能性もあるが、現実的じゃねぇよな……)


 こいつらが刑務所を占拠したのは、ほんの数十分前。


 元々、施設内にあったものに、細工するのは厳しいはず。


 外から毒物を持ち込んだケースも考えられるが、非現実的だ。


 つまり、中身は安全である確率の方が高い。恐らく、杞憂だろう。


「こんなもん飲むわけねぇだろ」


 ただ、飲んでやるかは、話は別だ。


 ラウラは、二つのコーヒーを手で払いのける。


 そのままコップは傾き、黒い液体がこぼれようとしていた。


「じゃあ、遠慮なくうちがいただくっす」


 それは、わずか二秒にも満たない出来事だった。


 落ちる紙コップを両手で受け止め、中身もキャッチ。


 ふぅふぅと二杯分のコーヒーを冷ましながら、一気飲む。


 ごくりと喉が鳴り、瞬く間に黒い液体は流し込まれていった。


「……は? お前、馬鹿か! 毒が入ってたらどうすんだ! 今すぐ吐き出せ!」 


 あっけにとられつつも、すぐにその両肩を揺らし、愚行を責め立てる。


 危機感がないにもほどがある。毒が入ってる可能性はゼロじゃねぇんだぞ。


「いや、コーヒーなんて滅多に飲めないんすよ。もったいないじゃないっすか!」

 

 すると、メリッサはなんの悪びれる様子もなく、意見を述べた。


 言っている意味は理解できないこともねぇが、この状況で普通やるか?


「はっはっはっ。実に面白いお嬢さんたちのようだ」


 そこに響いてきたのは、金髪の男の笑い声だった。


 両手を叩きながら、喜劇を見るように楽しんでやがる。


「……ちっ。その反応。なんの細工もしてねぇってとこか」


 どう見ても毒を盛ってたようには思えねぇ。


 盛ってたなら、もっとゲスい反応をするはずだ。


 言ったところで、素直に認めるわけねぇだろうがな。


「――ご名答。おかわりならまだあるが、作って差し上げようか?」


 すると、男は意外にも事実を認め、紳士的に振る舞ってくる。


 やりにくい男だ。チンピラみてぇなやつを想像してたんだがな。


 ま、泣き言を言ったところで始まらねぇ。やることはやらねぇと。


「いらねぇよ。ここには遊びに来たんじゃねぇんだ。分かるだろ?」


 ペースを乱されながらも、ラウラは話を切り出した。


「「……」」


 その発言で、場が一気に張り詰めていくのを感じる。


 静まり返ったからってのもそうだが、理由は他にもある。

 

(こいつ……。ただもんじゃねぇ……)


 視線は自ずと、金髪の男、ではなく、隣にいる黒髪の男に向く。


 表情はなく、目線は前髪で隠れ、感情を読み取ることはできねぇ。


 ただ、下手に動けば、殺される。そんな見えねぇ圧を確かに感じた。


「ならば、用件を聞かせてもらおうか」


 そんな重苦しい沈黙を破り、金髪の男は話を進めていく。


 さっきみてぇな気の抜けた表情じゃなく、真剣な顔つきをしていた。


(一歩間違えれば、即修羅場か。慎重に言葉を選ばねぇとな……)


 胃がキリキリするのを感じながら、息を吸い、声を出そうとする。


「……っ」


 それなのに、上手く言葉が出てこねぇ。


 言いたいことは、決まってるはずなのによ。


「どうした? 具合でも悪いのか?」


 すぐに異変を察し、金髪の男は顔色をうかがってくる。


 ここで舐められたら、終わる。今ならまだ面目を保てる。


 そんなもんは分かってる。頭では分かってんだ。だけどよ。


(……声を出せねぇ。空気に呑まれちまってる)


 この威圧的な場に、足は震え、喉は縮こまる。


 今なら、蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かる気がした。


「用がないなら、お帰り頂こうか」


 沈黙の末、金髪の男は顎をしゃくって暗黙の指示を飛ばす。


「……」


 指示に従い、黒髪の男は動き出そうとしていた。


(今なら間に合う……。今なら、まだ……)


 そんな中、ラウラは必死に言い聞かせ、口を動かそうとする。


 それでも、口は動かない。喉は開かない。言葉が出てくる気配はない。


「……失礼する」


 その間にも、黒髪の男は腰を掴み、持ち上げようとしていた。


 恐らく、両肩に体を乗せて、荷物みてぇに外まで運ぶつもりだろう。


(くっそ……。なんのためにここに来たってんだ……)


 やるせない思いが胸の内に広がる。


 ここには元々、物申しにきたはずだった。


 いや、見定めにきたって方が正しいかもしれねぇ。


 それなのに、この体たらく。新入りに合わせる顔がねぇよ。


「触らないでもらえるっすか。用件があるって、さっき言ってたっすよね」


 パシンと音が響き、メリッサの声が聞こえてくる。


 迫る男の手を払いのけ、抵抗してくれたみてぇだった。


 ただ、代わりに言いたいことを言ってくれたわけじゃねぇ。


 あくまで、場繋ぎ。綺麗なパスを渡してくれたような形だった。


「二の句が継げないのなら、用件はないに等しいと思うが、違うかな?」


 全くもってその通り。こいつの発言は間違っちゃいねぇ。


 言葉は口にしないと伝わらねぇ。意見がないなら死人と同じだ。


(……言えるよな。いや、言えるに決まってる。言う権利はあるはずだ)


 ひよる心に活を入れ、ラウラは前を向く。


「すぐに言ってくれるっすよ。うちの先輩なら」


 すると、メリッサは全幅の信頼を寄せ、任せてくる。


 見えない手で背中を優しく押してくれたような感覚だった。


 もうこれで後に引けなくなった。後は言ってやるしかねぇようだ。


(ったく、仕方ねぇな。後輩のためなら、一肌脱いでやるか)


 自分のためじゃなく、後輩のため。


 そう考えれば、不思議と心が軽くなる。


 そんな心地いい気持ちのまま、口を開いた。


「うちの島でナマやってんじゃねぇ。事と次第によっちゃ、ぶっ潰してやんよ!」

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