第59話 在りし日の記憶③
アルカトラズ刑務所一階。監房。
中央には長い廊下があり、左右には独房。
天井は吹き抜けで、二階も似た構造になっている。
収容人数は約400人。監視しやすい見通しのいい設計だった。
「……」
監房の廊下、正面奥には、白黒の囚人服を着た壮年が立っている。
短い金髪に、瞳は青く、表情は渋く、顔には無数の刃物傷が見られる。
手には有線マイクを持ち、大きく息を吸い、年甲斐もなく声を張り上げた。
『聞こえているだろうか。我々、別棟に収容されていた同志諸君の活躍により、本棟の制圧は完了した。所長、及び、看守等の約200名ほどの職員はすでに独房に捕らえ、我々の支配下にある。解放してほしくば、周辺職員は大人しく投降せよ』
◇◇◇
アルカトラズ刑務所二階。パイプや換気口が連なる通路。
二階の独房からは少し離れ、格子状の壁から下の様子が見える。
埃っぽく、手入れされてないとこを見るに配管を通すだけの空間らしい。
「潜入完了ってとこっすね。スパイ映画みたいでドキドキするっす」
上部にある換気口から、しゅたっと降りてきたのはメリッサ。
すぐに身を屈ませ、遠足気分なのか、うきうきした様子で語る。
「本来は潜入するより、脱出する側なんだがな……。ともかく、見つかんなよ」
一方、すでに降り立つラウラは、ぼやくように反応する。
正面から入っても良かったが、潜入したのには、理由がある。
主要な出入口は厳重に封鎖。男囚人共が武装して待ち構えていた。
女囚人の扱いが不明な以上、見張りのいない建物上部から入った形だ。
普段なら、灯台で見張る看守のいい的だが、警備体制は崩壊してたからな。
見通しのいい昼間なのに、楽々とここまで入り込むことができた、ってわけだ。
「分かってるっすよ。それより、ここからどうするんすか?」
一階を巡回する武装した男囚人を横目で見ながら、メリッサは尋ねる。
実際、潜入したはいいが、多勢に無勢の状況で、相手は敵か味方か不明。
囚人が看守に反旗を翻す展開は、正直、胸が躍るが、楽観はしてられねぇ。
「主犯格と話をつける。そっから、どうするかは相手次第だ。……来るか?」
ラウラは目的を告げ、意思確認をしていった。
こっから先は、修羅場になる可能性があるからな。
逃げる選択肢を与えてやるのも、先輩の気量ってもんよ。
「ここまで来ておいて、今さら引けないっすよ。ただ、あてはあるんすか?」
ただ、やっぱりこいつは、頭のネジが外れてるらしい。
それどころか、急かすように、次の行動を催促してきやがる。
「あぁ。ムショを占拠して、ふんぞり返る場所といったら、一つしかねぇよ」
仕方ねぇから、巻き込んでやるか。失敗しても、死ぬだけだ。
死刑囚のこっちにとっちゃ、後か先か、って些細な違いだけだからな。
◇◇◇
アルカトラズ刑務所三階。所長室。
上半分が白、下半分が木目調の壁で部屋は構成。
家具は木製で統一。中央にはアルカトラズ島のジオラマ。
部屋の最奥には執務机があり、そこには一人の男が腰かけていた。
「同志よ、コーヒーを入れてきてもらえないか?」
両手を組み、発言するのは、騒動の主犯格。
国家反逆罪で死刑宣告された、短い金髪に青い瞳の男。
名はスタンリー・アンダーソン。元海軍中佐。特殊部隊の元指揮官。
「……俺は護衛だ。それ以外のことはしない」
スタンリーの隣に立ち、答えるのは、筋骨隆々の男。
髪は黒く、前髪は長く、肌は褐色で、囚人服を着ている。
両手の甲には包帯が巻かれ、目元は、前髪に隠れて見えない。
名はアンドレア・アンダーソン。罪状も経歴も、一切が不明の男。
同じファミリーネームを持つよしみとして、作戦に参加させた形だ。
愛想がなく、融通の利かないところが玉に瑕だが、腕っぷしだけは立つ。
「そうだったな。……仕方ない。私が入れるとしよう」
ここは、折れるのが得策だろう。
重い腰を上げて、スタンリーは歩き出す。
向かう先は、入り口付近にある木目のテーブル。
そこには、全自動のコーヒーメーカーが置かれている。
その横には、コーヒー豆が入った布袋と、紙コップが見えた。
奥には、角砂糖が入っているであろう白いシュガーポットがあった。
「豆はブルーマウンテン。独房じゃ一生味わえない贅沢品だな。飲むか?」
スタンリーは、まず紙コップを二つ取り、尋ねる。
同士を労い、意思疎通を図るのも、指揮官としての務め。
作戦が終わるまでに、心を開かせるのを密かな目標としていた。
「……不要だ」
しかし、心の壁はベルリンよりも分厚いようだ。
理由すらも語ることなく、一方的に断られてしまう。
「そうか。必要になったら、いつでも言ってくれ。私が用意する」
ただ、焦る必要はない。これから、じっくり解きほぐしていけばいい。
そう思いながら、豆を中に入れ、紙コップを置き、ボタンを押そうとした。
「待て。やはり、二杯分用意しろ」
すると、気が変わったのか、アンドレアは催促する。
図体から考えて、二杯で常人の一杯分といったところか。
「承知した。砂糖はどうする?」
小気味いい気分で、紙コップを新たに二つ取り、問う。
目標に一歩近づいた。そんな躍進を感じることができたからだ。
「それは……。これから聞くことになるだろう」
返ってきたのは、いまいち要領の得ない回答。
「これから? それは、どういう――」
当然、聞き返そうとすると、アンドレアは真上に跳んでいた。
理解が追いつかないまま見つめていると、彼は天井に拳を振るった。
「……ちょっ!?」
「……まじっすか!?」
ガシャンと音を立て、落ちてきたのは、換気口の金網と二人の女囚人。
すぐにアンドレアの言っている意味が理解でき、気付けば、こう尋ねていた。
「砂糖はいくつ必要かな。お嬢さんたち」




