第57話 在りし日の記憶①
ギリシャ劇場地下。神殿のような場所。
目の前には、細切れになった肉が転がっている。
その近くに座るラウラの白いドレスは、赤く染まっていた。
「てめぇか……。てめぇがやりやがったのか……」
落ちた肉と大量の血を、手で軽く握りしめ、ラウラは語る。
視界の端には、糸。見覚えのある、技。聞き覚えのある、声。
犯人に目星はついている。こんなことできるのは一人しかいねぇ。
「……悪いな。こうする他なかったんだ。恨むなら、俺を恨め」
すると、背後からは男の声が聞こえてくる。
ラグーザファミリーの頭。ジャコモ・ラグーザ。
糸とシルクハットを使った技を得意とするマフィア。
早速、糸を引き、シルクハットは背後へ回収されていく。
「なぁ……なんとか言えよ……」
ギリッとラウラは歯を軋ませ、後ろを振り返る。
そして、滾る怒りをぶちまけるように、口火を切る。
「メリッサさんよぉぉぉぉぉおおおっ!!!!!!!!」
瞳に映るのは、かつての親友。
同じ牢屋で苦楽を共にした、死刑囚仲間だった。
◇◇◇
約三年前。アメリカ。カリフォルニア州。アルカトラズ島。
サンフランコシスコ市から2キロ離れた小島には刑務所が建つ。
死刑囚や凶悪犯だけが収監され、陸地面積は野球場約一個分ほど。
周りは海で囲まれ、脱獄困難なことから、孤立した岩と呼ばれている。
「……そろそろ、か」
アルカトラズ刑務所内、独房。
二段ベッドとトイレと洗面台がある部屋。
そこに白黒の囚人服を着た、長い青髪の女性がいた。
下のベッドに腰かけ、二つのサイコロを手のひらで遊ばせている。
「……」
すると、レバー式で開閉する格子戸が開く。
そこに立つのは、囚人服を着た、短めの紫髪の女。
顔はうつむき、この世に絶望したような表情をしている。
両手には手錠と縄。後ろには縄を握る、黄色髪の女看守がいた。
黒い制服に、黒い帽子を被り、長い後ろ髪はポニーテールにしている。
「入れ」
「……」
女看守の指示通り、紫髪の女は入室する。
同時に扉は閉まり、女看守は扉越しに手錠を外した。
「刑が執行されるまで、お前はここで生活を送ることになる。刑法上、死刑囚は刑務作業を行う義務がないため、檻の中にいる時間が長いが、食事、シャワー、運動の時間が設定されている。具体的な内容については、同居者から聞くように」
淡々と女看守は最低限の説明だけ告げ、足音を立てて去っていく。
返事は不要といったところだな。相変わらず機械みてぇに冷たいやつだ。
「新入りか……。名前は……?」
ともかく、やることはやらないといけねぇ。
睨みとドスを利かせて、紫髪の女の名を尋ねた。
二人部屋である以上、舐められたら終わりだからな。
新参の立場ってもんを、早めに分からせる必要があった。
「にひっ」
すると、女は満面の笑みを浮かべ、ギザ歯を覗かせている。
どんな罪を犯したか知らねぇが、気でも狂っちまったんだろうな。
ここでは珍しくもない反応だが、いざ目の前にするときついもんがある。
「定期健診の時に、精神安定剤を処方してもらえ。それで随分マシになる」
先輩としての前向きなアドバイスをくれてやり、その場は収まるかと思われた。
「絞首刑か、電気椅子か、薬物注射。あんたはどれで死ぬのが好みっすか?」
しかし、そこで返ってきたのは、嬉々として死を望むような反応。
それが、頭のネジが外れまくった同居者。メリッサとの出会いだった。




