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ストリートキング  作者: 木山碧人
第四章 イタリア

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第56話 罪と罰

挿絵(By みてみん)




 ギリシャ劇場。地下道をしばらく進んだ先。


 そこには、倒された白教が山積みになっている。


「……意識はある、みたいだけど、これじゃあ通れないな」


「一人、一人、どかしていくしか、ないかも、ですね……」


 ジェノとジルダは、前向きに状況を受け止め、動き始めている。


 そんな中で、ラウラは足を止め、手のひらを見つめ、ぽつりと語る。


「反応が、消えやがった……」


 握っていた白い骨が、ここにきて動きを止めやがったんだ。


 奥で何かあったに違いねぇ。警戒しておいた方がいいだろう。


「おい、二人とも気をつけろ。奥で――」

 

 何の気なく事実を伝えようとした時。それは起きた。


「「「―――っ!!!」」」


 感じたのは、目には見えない巨大な壁。


 それが前方に立ち塞がり、迫ってくる感覚。


 実際に、全員の体が押し戻される現象が起きた。


(ぐっ……。なんだ、これ……。奥で一体、何が……!!!)


 動こうとしても、まるでびくともしねぇ。


「すごい、圧だ……っ!」


「動かない、です……っ!!」


 それは二人も同じようで、抵抗を試みても無駄な様子。


 センスを出していたが、弱ったロウソクの火みてぇに消えていた。


(肉体系のジェノでも無理か。くっそ。せめて、状況が分かったら……)


 成す術もなく、途方に暮れていると。


「「「……っ」」」


 山積みになっていた白教の集団が、圧で崩れた。


 そのおかげで、奥に部屋と、見覚えのある後ろ姿が見えてくる。


(やっぱり、元凶はあいつか……)


 予想通りの人物が、そこにはいた。


 黒いバーテン服を着た、灰色髪の男。


 その名前は、ジェノ・マランツァーノ。


「あぁ……あぁぁぁぁあぁああああああぁぁぁぁぁっぁああ!!!」


 理解したのと同時に聞こえてきたのは、絶叫だった。

 

 取り返しのつかないことが起きた。そんな聞くに堪えない声だ。


(嫌な感じしかしねぇ……中で何があった……)


 常軌を逸した光景に、思わず息を呑んだ。


「……」


 すると、不思議と、体は動くようになっていく。


 今まで感じていた圧は、綺麗さっぱりなくなっていた。


「ラウラ、体が……」


「動けるように、なったです」


 ほぼ同じタイミングでジェノとジルダは、事態に気付き、口に出す。


 恐る恐るといった様子で、安心するより、不安の方が勝ってるみてぇだ。


(ビビるのも無理ないわな。どう考えても、この状況はヤバイ……)


 全身の肌が、じわじわと粟立っていくのを感じる。


 見たくもねぇホラー映画を見させられているような気分だ。


 本来なら、逃げたいところだが、逃げるわけにはいかねぇんだよな。


「いいか、お前らはここで白教の連中を見張ってろ。僕が一人で中に入る」


 考えを整理した上で、ラウラは冷静に指示を飛ばす。


 それが今考えられる最適解だった。二人には荷が重すぎるからな。


「でも……」


「了解した、です」


 ジェノは戸惑い、ジルダは意図を察したのか、前向きに受け止めている。


「これはリーダー命令だ。僕が呼ぶまで中に入るんじゃねぇぞ」


 言い合う時間すら惜しい。一方的に、そう告げて、中へ足を踏み入れていった。


 ◇◇◇


 両手は血に染まり、目の前には老婆が倒れている。


 聖遺物レリックの武器化は解け、蝙蝠の姿へと戻っていた。


「……違う。俺が見たかったのは、こんな景色じゃない」


 意外にも思考はクリアだった。冷静に状況を受け入れている。


 受け入れた上で、取り返しのつかないことが起きてしまったのが分かる。


『お前が殺した。その手で殺した。アタシを殺した』


 その時、死んだはずの老婆。イザベラの声が頭に響く。


「……っ」


 反射的に、死んだはずのイザベラの体を見つめる。


 目は閉じ、口と頭から致死量の血液をこぼし、絶命している。


 死んでいたとほっとする反面、ほっとしてしまった自分に嫌気が差した。


(幻聴……。殺した罪悪感が作り出した、自責行為……)


 自分を俯瞰する。客観的に物事を判断する。


 そうでもしないと、心が壊れてしまいそうだった。


 他人事のように感じていないと、正気でいられなかった。


『殺した。無防備な老人を殺した。悪と断じて、身勝手に殺した』


 すると、再びイザベラの声が、頭に響いてくる。


 幻聴にしては鮮明に、耳元にいるように聞こえてくる。


「違うっ! お前が勝手に死んだんだ!! 俺がやったんじゃない!!!」


 口から溢れ出したのは、自己正当化を図る言葉。


 自分が悪いと理解しているはずなのに心が拒絶する。


 殺した事実を受け入れてはならないと本能が叫んでいた。


『止められた。見逃した。見殺しにした』


 イザベラの責め苦は終わらない。


 執拗に、的確に、心をえぐってくる。


「……黙れ。黙れ、黙れ、黙れっ!!! 死人が俺に指図するなっ!!!」


 冷静だった思考は濁り、頭に血が上らせながら、必死に反論する。


 大人ぶろうとした仮面は剥がれ、子供のように拳を何度も地面に叩きつけた。


「ミザミザ……っ」


「セバス、こっちは――って、何やってんの!」


 遅れてやってきたのは、ミザリーとセレーナ。


 奥には倒れているルーチオとリリアナの姿が見える。


 手筈通り、各個撃破し、こちらに駆けつけてくれたのだろう。


 今や、そんなことはどうだっていい。もう全てがどうでもよくなった。


「……この口を閉ざさないと」


 視線は、仰向けに倒れたイザベラの死体に向き、体は動き出す。


 やることは単純明快だ。意味がないと分かった上で、死体を壊す。


 たったそれだけで、この心の溜飲は幾分かは下がるような気がした。 


「ミザっ!!」


「……もう死んでる。意味ないことはしないで」


 愚かな進行を妨げるように、左足をミザリーが、右足をセレーナが止めてくる。


「邪魔をするなっ!!!!」


 そう強い意思を込める。領域内にいる邪魔者を弾き飛ばす感覚だ。


「「……っ!?」」


 すると、二人はイメージ通り、反対方向へ弾かれていく。


 そして、勢いのまま左右の壁に激突し、気を失っていった。


 これで、邪魔者はいなくなった。後は、喋る死体を壊すだけ。

 

「……静かになってもらいますよ」


 右拳にありったけの意思を込め、イザベラの頭部に告げる。


 無茶苦茶のことをやっているって、頭の片隅では分かってる。


 それでも止められない。さっきから、声が響いてうるさいんだ。


「――」


 ただ、そう簡単にはいかないみたいだ。


 次に立ち塞がってきたのは、黒い一匹の蝙蝠。


 武器であり長年連れ添った相棒でもある聖遺物レリックだった。


「あなたも私の邪魔をするのですね……」


 二人を気絶させたのと同じように、弾くよう意思を込めようとする。


「――ッ」


 すると、蝙蝠はおもむろに口を開き、放つ。


 音の衝撃波。何度も世話になった相棒の技だ。


「……ぐっ!!!」


 音速の衝撃を前に、成す術なく、体は真後ろへ吹き飛ばされる。


 仰向けのまま背中は地面に触れ、数メートル摩擦し、ようやく停止する。


(まだだ……もう一度起き上がって、アレを壊さないと)


 痛みを感じる暇もなく、謎の使命感に駆られるままに、起き上がろうとする。


「何やってんだ、お前」


 そこで聞こえてきたのは、懐かしいような、懐かしくないような声。


 頭にはコツンと何かに当たったような感触があり、少しだけ目を凝らしてみる。


「……あな、たは」


 そこにいたのは、花嫁衣裳のような白いドレスを着るラウラだった。


 彼女は倒れたこちらを、上から見下ろすような形で、覗き込んでいる。


 恐らく、幻聴の次は幻視。不安定な精神が願望を具現化したような形だ。


 きっと彼女なら、優しく慰めてくれるはず。幻視ならそれ以外、あり得ない。


「殺っちまったんなら、受け止めろよ。大人だろ?」


 そう思っていたのに、ラウラは行いを責め立ててくる。


 これじゃあ、あのイザベラと同じだ。耳障りな声と同じだ。


「……このっ!!」


 気付けば、起き上がり、感情のままに、彼女を押し倒していた。


 反射的に腰のベルトを外し、両腕を後ろ手で縛り、身動きを取れなくする。


(何をやっているんだ……。幻視にこんなことをしても意味は――)


 そこまでやっておいて、ようやく血が上った頭は冷えてくる。


 馬鹿馬鹿しいにもほどがある。相手は、ただの願望が生んだ幻だ。


 幻の言葉に本気になるなんて、どうかしてる。やめようこんなことは。


「犯せよ。こっちは処女だ。お前が思う存分ヤリつくせ。僕が慰めてやんよ」


 その一言に、戻りかけた理性は吹っ飛んだ。


 荒々しく服を脱がし、あられもない姿にしていく。


 それでも、彼女の瞳は一切揺るがず、前だけを見ていた。


「――んっ」


 彼女の体に手が触れる。体温を感じる。あの時の温もりを思い出す。


 これ以上はもう後戻りができない。少しでも手が先に進めば止まらない。


 ラウラは受け止めるつもりでいる。この怒りに任せた凌辱を許してくれている。


(我慢できるわけ、ないだろ)


 この場が、状況が、思考が、願望が、本能が、全てがやれと命じている。 

 

 そうすれば怒りは静まる。うるさい声は聞こえなくなる。そんな気がしていた。


「……っ」


 それなのに、手は自ずと止まった。


 止まれるはずがないのに、止まってしまった。


「……ヤラねぇのか? こんなチャンス、もう二度とねぇぞ?」


 その行為に気付いたラウラは、そう促してくる。


 ここから手を出したとしても、きっと文句は言わない。


 全部、全部分かってる。彼女の考えは手に取るように分かる。


「………………駄目だ。私には、できない」


 だからこそ、目を背けることしかできなかった。


 目を背ける以外、選択肢がなくなってしまっていた。


「へぇ。そっか。僕って、そんな魅力なかったか?」


 それを不思議に思ったのか、ラウラは理由を尋ねてくる。


 なぜ分からない。普段なら気付くのに、こういう時に限って抜けている。


(言う必要はないですが、言わなければレディに対して失礼、というもの……)


 彼女の態度に知性と理性を取り戻し、マランツァーノは背けた目線を再び戻す。


「怪我人に乱暴をするほど、落ちぶれた覚えはない、ですね……」


 そこで見えてきたのは、包帯だらけの彼女の体。


 自分自身が傷をつけた、紛れもない本物の証なのだから。


「……そっか。そういうことか」


 ラウラは納得したのか、満足げな笑みを浮かべている。


 事実が分かったからとはいえ、少しオーバーな反応のような気がした。


「乱暴をして、申し訳ありません。どうかしていました」


 ただ、張り詰めた緊張が解け、安心した笑みかもしれない。


 そう考えつつも、彼女の両腕を縛ったベルトを優しく解いていく。


 今は機嫌がいいが、解いた頃には、恨み節の一つや二つ飛んでくるだろう。


「未来のお前は、僕の夢を叶えてくれたんだな」


 そう思っていたのに、ラウラが述べたのは、予想の斜め上。


 こちらが経験した未来を、何もかも悟ったような回答だった。


「……え」


 意味が分からない。ここにいるのは、過去のラウラのはずだ。


 未来のことなど知るはずがない。未来でどうなったか知る由はない。


「忘れたか? お嫁さんになりたい。それが僕のささやかな夢だった」


 違う。そうじゃない。そんなことは聞いていない。


 なぜ、知っている。語り聞かせた覚えなどないというのに。


「ジルダは、僕とお前の子供ってところか」


 戸惑う暇すら与えず、ラウラは次々と事実を当てていく。


 まるで、未来を見てきたかのような、異常なまでの的中率。


「どう、して……」


 自然と視界は滲み、前がよく見えなくなってくる。


 ここに理解者はいないと思っていた。我慢し続けていた。


 気丈に振る舞い、大人の仮面をかぶり、紳士になり切っていた。


 答えを聞けば、一線を超えなかった面目は潰れる、って分かっていた。


 それなのに、理由を尋ねていた。紳士を気取るより、知的好奇心が勝っていた。


「見えなくても、聞かなくても、ココで感じんだよ」


 ラウラは己の胸を手で叩き、自信ありげに、そう答える。


「……はっ、ははっ。ははははっ」


 笑う状況じゃないはずなのに、不思議と笑い声が溢れてくる。


 理由は分からない。ただ、目の前は歪み、ぐちゃぐちゃに見えていた。


「なんだよ、馬鹿にしてんのか? 言っとくけどな、僕の感覚は結構当たるぞ?」


 ぼやけて何も見えない。だけど、ラウラはこめかみを指で叩いている。


 見えなくても分かる。長年一緒にいて、多少は鋭くなったから分かるんだ。


「知ってるよ。ラウラのことは理解してる。誰よりもね」


 もうこれ以上、取り繕う必要がなかった。


 ありのままの自分で、ありのままの言葉で彼女と接する。

 

 こんな心地いい気分は。いや、こんなに気を抜いたのは初めてかもしれない。


「……っ!? 避けろ、『ジェノ』!!!」


 そこに、ラウラの鬼気迫る声が聞こえてくる。


 今度は冗談を言って、からかっているのかもしれない。


糸石榴イトザクロ!!」

 

飛燕舞踏会ロンディネ・バッロ


 そんな幸せな気分に浸っていると、目の前は細切れになっていった。

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