表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストリートキング  作者: 木山碧人
第四章 イタリア

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/83

第55話 約束

挿絵(By みてみん)




 ギリシャ劇場。地下道。


 そこは、遺跡のような場所だった。


 赤い風化した壁に囲まれた通路が続いている。


 壁には青い松明が等間隔に並び、暗いはずの道を照らす。


「……間違いねぇ。奥に『やつ』がいる」


 せわしない足音が響き、先頭を走るラウラは口を開く。


 感覚に従って道なりに進んできたが、嫌な圧が強まってくる。


 本選の廊下でやられた、あの時と同じか、それ以上のもんを感じた。


「なんだか、肌がすごくピリピリするです……」


「このプレッシャー。ラウラが言ってたのはこれか……っ」


 次に両隣を走るジルダとジェノが反応する。


 ここまで近づいて、ようやく感じ取れたらしい。


 他に人はいなかった。少数精鋭での潜入ってやつだ。


 万が一の事態に備えて、上の方はボルドたちに任せてる。


「一時も気ぃ抜くんじゃねぇぞ。この骨も奥を指してる」


 ラウラはおもむろに、懐から白い骨を取り出し、手に乗せる。


 骨は手のひらの上で激しく震え、前方に向かって引っ張られていた。


 今までにない挙動だ。釣り竿の針に魚が食らいついた感覚とよく似ている。


「反応があるってことは、じゃあ――」


「奥には、『八咫鏡』を盗んだ犯人がいるかも、ですね」


 ジェノとジルダは顔色を曇らせながらも、状況と事実を受け止めていた。


 奥に何があるのか知らねぇが、少なくとも盗人騒動にはケリがつけられそうだ。


 ◇◇◇


 ギリシャ劇場地下。エトナ神殿。


 祭壇中央には、膝を折るイザベラの姿。


 その体には紫色のセンスが薄く纏われている。


「……その程度ですか? 教皇代理ともあろうお方が」


 正面に立つマランツァーノは両手の白手袋を整え、告げる。


 正直言って、期待外れにもほどがある。微塵もセンスを感じない。


 弱り切った小動物を、一方的にいたぶったような気持ち悪さすらあった。


「困るねぇ……。こっちは、宗教家。アンタみたいな戦闘狂じゃないんだよ」


 イザベラは黒いローブの袖で口元を拭い、疲弊した様子で語る。


 言っている意味は理解できる。白教は、『白き神』を崇拝する団体。


 戦闘に特化した集団ではない。今までの手応えからもそれは感じている。


(皮肉か、本心か。どちらにせよ、信用できませんね……)


 ただ、経験上、大司教クラスは別格だった。

 

 イザベラはその大司教の上。教皇代理に位置する。


 強さが序列の基準ではないにしろ、何か裏があるはずだ。


 ――例えば。


「戦闘以外に特化した。センスのリソースは全てそこに割いている」


 考えを巡らせ、頭に浮かんだ仮説をそのまま伝える。


 センスは、必ずしも戦闘面だけを強化するものではない。


 思考のリソースを割けば、特異な方向に尖らせることも可能。


 特に芸術系は、自ら好んで変わった能力を選ぶような傾向がある。


「……へぇ、興味深い予想だねぇ。もし、そうだとしたら、どうする?」


 すると、イザベラは他人事のような態度で聞き返す。


 図星かどうか。その顔色からは、うかがえそうにない。


「うかつに手出しできない。まともな使い手ならそう考えるでしょうね」


 カウンター型の能力である可能性も十分考えられる。


 相手の能力や儀式の詳細が分かるまで手出しするのは、悪手。


 手を出したことで、『白き神』が完全復活を果たせば、元も子もない。


「客観的な意見はいい……。アンタはどうするんだい?」


 イザベラは回答を急くように、話を振る。


 露骨な時間稼ぎをしているようにも思えてくる。


「私なら……こうします」


 ただ、考える時間だけは十二分にあった。


 右手の中指をパチンと鳴らし、合図を送る。


 天井から現れたのは、一匹の黒い蝙蝠だった。


「持たざる者よ、等しく首を捧げて、慚愧の至りで朽ち果てよ」


 起動に必要な詠唱を終えると、蝙蝠は、白く発光。


 次第に白と銀。一対の細身なナイフへと変化していく。


 その柄を両手でしっかりと握り、切っ先を向け、言い放つ。


「あなたはこれから私の良き隣人へと生まれ変わります。何か言い残すことは?」


 それはシスターイザベラがシスターイザベラでいられる最後の意思確認だった。


「記憶を操る聖遺物レリックか、こいつは参ったね……」


 すると、イザベラはその正体を一発で見抜き、辞世の句を述べる。


 これ以上は無粋というもの。二つの切っ先を十字に重ねて、準備は万端。


(人をこの手で殺めることはできない)


 その間に思い出すのは、かつての師匠。リーチェとの約束。


『――人は殺さないこと。これだけは必ず守って』


 呪いのように師の言葉が心を蝕みながらも、ここまで守り通してきた。


(……ただ、記憶を殺すことはできる)


 その苦労も、報われる。刃と刃を打ち鳴らせば、より良い未来が待っている。


「――」


 そう考えた時、刃にはサクリという感触があった。


 逆手に持ち、下方向に切っ先を向けていた白い刃が、赤く染まる。


「……あ」


 素の声が漏れた。これまで被り続けた仮面は、いとも容易く崩れ去った。


(なんで、どうして……)

 

 背筋が凍る。身の毛がよだつ。手が震える。

 

 吐き気を催す。頭が理解を拒む。心が黒く染まっていく。


「ジェノ・マランツァーノ。確かに、アンタの名前。海馬に刻んだ、よ……」


 イザベラは自らの意思で、頭に刃を突き刺した。


 口からは血を垂らし、皮肉を言いながら、目を閉じた。


「あぁ……あぁぁぁぁあぁああああああぁぁぁぁぁっぁああ!!!」


 この日、初めて、人を殺した。師匠の教えを真っ向から破る形となって。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ