第54話 地下と地上
ギリシャ劇場地下。エトナ神殿。
そこに足を踏み入れたのは、たったの三人。
背後には、白ずくめの人々が折り重なった山があった。
「教育が行き届いていないのかねぇ……。時間稼ぎもできないなんて」
『八咫鏡』が飾られた祭壇中央には、シスターイザベラがいた。
黒いローブ服のフードを脱ぎ、後ろを振り返りながら、反応している。
その隣には、金髪の少年ルーチオと、黒髪の少女リリアナが待ち構えている。
(……ようやく、来た。かつての雪辱を晴らす、この時が)
そんな中、イザベラを睨みつけ、考えるのはマランツァーノ。
意気込むように灰色髪を手でかきあげ、オールバックを作っている。
服装は、丈のあるバーテン服を着ていて、体には黒いセンスを纏っていた。
「紛れ込んだ、鼠が三匹……。見ない顔だけど、この顔に恨みでもあるのかい?」
イザベラは目を細めながら、こちらの顔を見つめ、問いかける。
焦っている様子はなく、来ることがあらかじめ分かっているように思えた。
(仕組まれた茶番か、それとも演技か、いや、どちらにしても……)
いくら考えを巡らせても、答えは一つしか見つからない。
息を吸い、呼吸を整え、丁寧にお辞儀をし、思いを伝える。
「お初にお目にかかります。白教における最高指導者。教皇代理シスターイザベラ。あなたを殺しにはるばる未来からやって参りました、ジェノ・マランツァーノという者です。どうぞ名前だけでも、その新鮮な海馬に刻み込んでくださいませ」
◇◇◇
ギリシャ劇場。観客席と武舞台の間には砂地が広がっている。
その左端に位置する場所に、チームラウラの三人は集まっていた。
「……地下で『あの人』が何かと戦ってる?」
ジェノが口にしたのは、事実の確認。
中堅戦で起きた出来事を話した後のことだ。
にわかには信じられねぇ、って顔をしてやがった。
「ああ。下からグンと押し上げられるような威圧感があるだろ?」
それでも、ラウラは身振り手振りで伝えていく。
いくら鈍いとはいえ、これだけ言えば理解できるはずだ。
「うーん。俺は何も感じないけどな……。ジルダさん、分かる?」
ただ、ここまで言っても気付けないらしい。
小首をひねりながら、ジェノはジルダに話を振る。
「……」
話を振られた、当の本人は、心ここに在らずって様子。
話を聞いて重く受け止めてんのか、聞いてないだけなのか。
どちらにしても、下の気配を感じているようには見えなかった。
「おいおい。気付いてんのは、僕だけかよ……」
センスを感じるには、個人差があるのかもしれねぇ。
肉体系が鈍く、感覚系が鋭いってのはガチなのかもな。
感覚を説明すんのが面倒だ、って状況は変わってねぇが。
(ったく、悠長に一から説明する暇なんてねぇのによ……)
愚痴をこぼしつつ、仕方なく一から十まで説明しようとした時。
「――」
背後には、ザッザッと砂を踏み込む音が聞こえてくる。
もしかしたら、スタッフが大将戦の声かけに来たのかもしねぇ。
(ちっ、だりぃな。大会どころじゃねぇっての)
イラつきを隠し切れず、ラウラは眉をひそめながら、後ろを振り向いた。
「下に何かあるのは同意……。だから、大会は一時中止してもらった……っ!」
そこにいたのは、試合を終えたばかりのオユン。
もう一人の感覚系。頼もしい協力者の登場だった。




