第52話 嵐の前の静けさ
ギリシャ劇場地下。エトナ神殿。
丁寧にくり抜かれた地下。真四角の空間。
赤い風化した石造りの壁に囲まれ、青い松明が灯る。
中央には祭壇。赤石で作られた台座のようなものが置かれている。
「……あぁ、ここには何しに来たんだったかねぇ」
そこに訪れたのは、黒いローブ服姿の老婆。
白教の実質上のトップ。教皇代理シスターイザベラ。
手には、青銅色の盾のようなもの。『八咫鏡』を持っている。
「あははっ、面白い面白い。おばあちゃん、冗談が面白い」
後ろからは、乾いた拍手と笑い声が響く。
横に立つのは、黒いワンピース風ドレスを着た少女。
セミロングの黒髪に、毛先は巻かれ、ピンクメッシュが入っている。
リリアナ・ディアボロ。ジャコモがトップに立つ、ラグーザファミリーの一員。
「リリちゃん……。前にも言ったけどさ、それ……」
その隣で哀れみの目線を向け、止めるのは金髪ツーブロックの少年。
小柄な身なりに合った黒スーツを着ていて、柔らかな口調で接している。
ルーチオ・クアトロ。リリアナと同じく、ラグーザファミリーに属していた。
「もちろん煽ってるよ。だって、おばあちゃんのコレ。演技なんだもん」
すると、リリアナは開き直ったように語り、その理由を述べた。
同じように見えて、違う光景。三人の間柄には、確かな変化があった。
「……ここに来て、とぼける必要はなさそうだね。二人とも護衛は頼んだよ」
そう言って、イザベラは『八咫鏡』を台座に置き、祈祷を始めた。
◇◇◇
ギリシャ劇場地下。エトナ神殿に続く地下道。
青い松明に照らされた洞窟道を歩いているのは三人。
「いいですか。『白き神』の完全復活だけは、阻止しなければなりません」
確認するように語るのは、黒いバーテン服を着た灰色髪の男。
ジェノ・マランツァーノ。未来から来た、謎に包まれている存在。
目的は未だ不明。ただ、その顔色には今までにない覇気が感じられた。
「ミザっ!」
威勢よく答えるのは、白いワンピース服姿の長い白髪の少女。
ミザリー。マンハッタン地下にあるダンジョンから来た謎の存在。
体はケイ素で構成されており、石を主食とする、解析不能な物質人間。
「……超重い。もっと楽して生きたかったんだけどなぁ」
その隣を歩くのは、白と黒のメイド服を着る赤髪ツインテールの女性。
セレーナ・シーゲル。組織『ブラックスワン』から、逃走を図った存在。
組織にいた頃は、セレーナ商会という違法な武器屋やカジノを経営していた。
「付き合わせて申し訳ありませんが、放置して世界滅亡は忍びないでしょう?」
「えぇ、全くもってその通りよ。超超面倒だけど、眠れる場所は欲しいからね」
二人は意思を確認し合い、頷き合って、前を向く。
正面には、狭い地下道の終わり。エトナ神殿の入り口。
分厚い鉄の扉があり、待ち受けていたのは白ずくめの集団。
赤い帽子を被った頬の瘦せこけた細身の男性司教が先頭に立つ。
その背後には、白い修道服を着た男女が計三十人ほどが待っていた。
「……お覚悟は、よろしいですか」
張り詰めた空気の中、男性司教は病人のようにやつれた声で問う。
問われたのは当然、エトナ神殿に入り込もうとする、侵入者三人。
「無論。押し通らせてもらいます」
「ミザミザっ!」
「……はぁ。仕方ないから、ちゃっちゃと世界、救ってあげますか!」
三十人対三人。司教率いる小隊と、元匿名希望の戦いは、こうして始まった。




