第49話 決勝戦⑦
ギリシャ劇場の中央。武舞台上。
武舞台に立っているのはラウラとオユン。
試合に進展はなく、お見合いの状態が続いていた。
(相手は合気。うかつに攻められねぇな……)
その原因は相手の戦闘方法。
相手の攻撃を受け流す、後手の技だ。
安易に手を出せねぇが、攻め以外の手立てはねぇ。
(だったら、試してみるか。例のアレを……)
普通の使い手なら、無理くり攻めるだろうが、普通じゃもの足りねぇ。
付け焼刃だろうがなんだろうが、相手に有効なら、勝負の世界じゃ通用する。
「そっちが来ねぇなら、こっちにも考えがある」
ラウラは、一歩後退し、オユンから距離を取る。
距離はおおよそ三歩分。どうあがいても手足は届かねぇ。
「……」
オユンは、黙ったまま、冷静に待ち構えている。
御託はいらねぇから、とっととやれっつうところか。
(面白れぇ。そっちがその気なら、やってやるよ!)
意思を込め、体からは濃い白光。センスが生じる。
初めて出会った頃とは、格段に成長してるはずだ。
「――」
掲げるのは、右手。拳を開き、五本の指をピンと立てる。
成功するイメージを鮮明に思い浮かべ、センスを集中させる。
ジェノが先鋒戦で掴んだ感覚通りなら、それで上手くいくはずだ。
(よーし、なんとなく掴めた。センスは十二分。失敗する未来は見えねぇ!)
己を鼓舞し、意識を高め、準備はほとんど整った。
後は息を吸って、肺に空気を送り込んで、気合入れて。
「白い牙ッ!!!」
叫び、放つ。思い浮かべた、渾身の必殺技。離れた相手にも届く、飛び道具を。
「……」
しかし、オユンは、構えてすらいねぇ。
無表情で、哀れむような目線をくれてやがる。
それどころか、体にはセンスすら纏っていかなった。
(こいつ、馬鹿か? このままだと直撃して――)
心の中で罵りながらも、思考が止まった。
一目見て、その理由が分かっちまったからだ。
「嘘だろ、おい……」
だってよ、目の前には何もなかったんだ。
心の底からできると疑わなかった、渾身の必殺技。
白い牙が手から生じるイメージで放ったはずの、センスが。
「そなたは今日、成功しない暗示……。そう言った……っ!」
初めから出ないと分かっていた口振りで、オユンは語る。
それほど、自分の占いの結果を信じていたってぇとこだろう。
(舐め腐りやがって……。まだ分かんねぇだろうが……っ!!)
かぁっと、血が頭に上っていくのを感じる。
でも、今さら引くに引けねぇ。こうなりゃ意地だ。
「白い牙ッ! 白い牙ッ!! ――白い牙ッ!!!」
連呼。がむしゃらに連呼。ただひたすらに連呼。
恥も外聞もなく、子供みてぇに必殺技を叫び続けた。
自分を信じ続ければ、いつかできるって、言い聞かせて。
「……っ」
歯をギリッと軋ませる音が聞こえる。
それが自分の音だって気付くのに時間がかかった。
「夜の地中海を眺めてる方が、有意義……」
次に聞こえてきたのは、オユンの呆れたような声。
首を横に向け、劇場の横手に広がる景色を眺めてやがる。
お前に見る価値はない。間接的にそう言われてるみてぇだった。
(こんの野郎……っ!!!)
だったら、無理にでも続けたくなる。
何がなんでも、諦めたくなくなっちまう。
「……くそっ、どうして、出ねぇんだ」
それなのに、気付けば右手を下ろし、本音を漏らしていた。
悔しいが、これ以上やっても無駄だって、感覚で分かるからだ。
「意思の力は感覚系。芸術系。肉体系。おおよそこの三つに分類される……」
見下げを通り越し、オユンは情けをかけるように解説を始める。
別に回答なんて求めてねぇのに、余計なことをぺらぺらと喋りやがる。
「……」
遮ってやりたいのは山々だが、どう考えても耳よりの情報だ。
ここは黙って耳を傾けるしかねぇ。センスに関しては素人だからな。
「そなたは感覚系……。感覚系は感じ取ることが得意で、センスを飛ばしたり、形に変えるのが不得意。芸術系は、センスを飛ばしたり、形に変えるのが得意で、身体強化が不得意。肉体系は、身体強化が得意で、感じ取るのが不得意……っ!」
オユンは、止まることなくつらつらと説明を続ける。
(へぇ……。僕が感覚系で、鈍いジェノは肉体系か。あながち間違ってねぇな)
嘘をついているようには、感じなかった。
だってよ、人には必ず得意、不得意が存在する。
それが、意思の力にまで反映されてるってだけの話だ。
(……ん? でも、待てよ)
説明を受け止めながらも、浮かんだのは些細な疑問。
「どうして、僕が感覚系だって分かった」
占いの力を使ったから。オユンも感覚系だから。
色々と考えられるが、他に種があるような気がした。
「芸術系のセンスは鋭く、肉体系のセンスは量が多く、感覚系のセンスは――」
そこまで言われて、さすがに理解できた。
「濃い……わけか」
つまるところ、ぱっと見で、敵の系統が判別可能ってわけだ。
知っているのと、知ってないのとじゃ、天と地ほどの格差がある。
(敵の情報を鵜呑みにするのは危険だが、頭には入れた方がいいだろうな)
嘘の可能性も視野に入れつつも、前を向く。
「でも、どうして話した。黙ってりゃ有利なはずだろ」
これは念のための探りだ。下手な嘘は見抜ける。
感覚系。つぅのが正しいなら、分かっちまうはずなんだ。
「そなたの朝餉は美味だった……。それだけ……っ!」
意気揚々とオユンは理由を語り、ようやく構え出す。
発しているのは、赤く濃いセンス。説明通りなら、感覚系の証。
とても嘘には感じねぇ。つまり、自らのセンスを間接的にバラしたことになる。
(……やっぱ、こいつらは憎めそうにねぇな)
少しでも、人として粗があれば、やりやすかったかもしれねぇ。
でも、こいつらには、嫌味が一切ねぇんだ。あるのは、武士道精神。
フェアに戦えればそれでいい。っつぅ、なんの悪意もない真っすぐな心。
「あぁ、そうかよ! 教えてくれて、さんきゅな! でも、ぶっ飛ばす!!!」
互いに感謝を伝え合い、ようやく戦う舞台は整った。
後は、正々堂々、心置きなく、実力で未来をこじ開けるだけだ。
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