第48話 決勝戦⑥
ギリシャ劇場中央には、真新しい武舞台。
観客の歓声が響き、そこに立つのは、二人の女性。
(……戻ってこねぇか)
後ろを振り向き、思考するのは、ラウラ。
顔には黒いゴーグルに、両手には白いグローブ。
服装は、用意された白のギリシャ風ドレスを着ている。
(まじでなんかあったのか? それとも……)
試合前の緊張感から、悪い方向へと考えを巡らせちまう。
ああ言ったはいいが、二人とも帰ってこないとは思わなかった。
(いや、考えすぎか……。それよか、自分の心配をしねぇとな……)
ただ、すぐに余計な邪推だと気付く。
頭を振って、迷いを振り払い、正面を向いた。
そこに立っていたのは、赤い民族衣装を着た黒髪の女。
長い後ろ髪を頭頂部まで盛り、結い、銀の髪飾りで止められている。
「今朝、そなたを占った。何をやっても成功しない暗示。やめた方がいい」
黒髪の女――オユンは、神妙な顔をして言い放つ。
実際、こいつの占いは、他の占い比べ当たる気がする。
実感が伴っちゃいねぇが、精度は星座占いより高いはずだ。
「はっ、占いがどうだが知らねぇが、僕がひっくり返してやる。覚悟しろ」
ただ、今回に限り、受け入れてやるわけにはいかねぇ。
鼻で笑ってやり、そのまま白い拳を前に突き出してやった。
出目が悪くとも、こっちには、負けられねぇ理由があるからな。
「やるだけ無駄……と言いたい。でも、止めはしない。確率はゼロじゃない」
こうなることが分かってたのか、オユンは受け止め、拳を突き出した。
話の分かるやつだ。敵にするには、もったいねぇぐらいの性格ってやつだ。
ただ、ここは決勝。泣いても笑っても、勝ち負けで決着をつけなきゃならねぇ。
名前:【ラウラ・ルチアーノ】
体力:【1000/1000】
勝率:【4勝0敗100%】
階級:【金】
実力:【1782】
意思:【2128】
名前:【オユン・ボルジギン】
体力:【1000/1000】
勝率:【10勝3敗77%】
階級:【金剛】
実力:【1911】
意思:【50】
拳が合わさり、数字が表記され、互いの同意の元、中堅戦はこうして始まった。
◇◇◇
ギリシャ劇場。観客席の裏手。公衆トイレ前。
近い場所から、観客と歓声と熱い実況が聞こえてくる。
中堅戦が始まったみたいだった。だけど、今はそれどころじゃない。
「なんで、メリッサがこんなところに……」
不審者だと思っていた人物――メリッサに、ジェノは問いかける。
適性試験で不合格になって、ダンジョン送りになった振りの再開だった。
(まさか、ダンジョンから脱走してきた……?)
すぐに思い当たったのは、セレーナの出来事。
何らかの不都合があって、組織から逃げた形になっていた。
似たような事例なら、ダンジョンから逃げてきた可能性は十分考えられる。
(また借りを作らないといけないかもしれないな……)
組織に恩を売って、呼び戻そうと思っていたけど、借りを作るばかり。
こっちがやきもきしている間に、どうにか抜け出してきたのかもしれない。
「知り合い、です……?」
メリッサが答えるより先に、尋ねてきたのはジルダだった。
当然の疑問だ。こんな僻地にバニーガールなんて不審者でしかない。
「知り合いというか、仲間だね。彼女がどう思っていようとも」
相手が敵に回ろうが、味方に回ろうが、思いは変わらない。
変えてやるつもりなんてなかった。メリッサがどんな問題を抱えていても。
「仲間、ですか。だったら、ひと安心、ですね……」
ほっと一息つくように、ジルダは反応を示す。
そう願いたいところだけど、正直、嫌な予感があった。
「どうかな……。メリッサ、黙ってないで教えてよ。どうしてここにいるのか」
視線は、黒いバニースーツを着た、短い紫髪の女性。メリッサの方へ向く。
その表情に色はなく、良い方向にも悪い方向にも見える。そんな顔をしていた。
「良い知らせと、悪い知らせ、どっちから先に聞きたいっすか?」
久方ぶりに聞く独特な口調に、どこか懐かしさがあった。
だけど、発言から考えて、ノスタルジーを感じている暇はないみたいだ。
「じゃあ、悪い知らせから教えて。苦手な物は先に食べたい派だから」
聞かれた質問に対し、思ったことを素直に伝える。
先に悪い方を聞けば、敵か味方か分かるだろうからね。
「……そっすか。だったら、覚悟して聞いてくださいっす」
すると、メリッサは嫌な前置きを挟んでくる。
すぱっと言えないほどの悪い話ってことなんだろう。
(聞きたくないけど、世界が滅びる以上に、悪い話はないだろうな)
ただ、最悪の未来の話を知っている。
それ以上ないと見切りをつけ、聞く体勢を整えた。
「その子を、ジルダ・マランツァーノを未来に返さないと、宇宙が滅びるっす」
そうして、メリッサの口から語られたのは最悪を超える最悪。
「……は?」
「……え?」
予想を超えた情報にジェノとジルダ。二人の表情は凍りついていった。




