第45話 決勝戦④
目の前には、膨大な量の銀光を纏う少年がいた。
自らの手を見つめ、力を上手い具合に調整している様子。
(……化けの皮、ようやく剥がれたな)
ザーンは、冷静に状況を受け止める。
打ち合い稽古で、手を抜かれたのと同じ感覚。
力量差がありすぎれば稽古にならない。だから加減する。
それを今までやられていた。やられたことがあるからすぐ分かった。
(不利な取組は即終わらす。それが鉄板……)
相手は格上。それは認める。力比べでは、ほぼ勝てない。長期戦は不利。
だから、プランは短期戦。それなら、差は出にくい。力ではなく技の一本勝負。
「おい、お前。次でケリつけてやる。全力で来い」
ザーンは不利になるのを承知で、ジェノに話を持ちかける。
理由は、正々堂々の真剣勝負。それが、心の底から好きだから。
不意打ちで勝っても楽しくない。だから、喧嘩でなく相撲を極めた。
(われ未だ木鶏たりえず。負けて腐らず、勝って驕らず)
鳴くのに必死な闘鶏に、価値はない。
勝ち負けで心を乱すのは、二流のやること。
木彫りの鶏みたく動じないのが、一流のやること。
目指すなら一流。口だけ達者な相撲取りにはなりたくない。
「……分かり、ました」
渋々といった様子でジェノは提案を受け入れる。
恐らく、短期戦が不利だと分かった上で、話に乗った。
漢の中の漢。勝ち負けにこだわらず、納得できる方を選んだ。
(木鶏の領域に近いのは、どちらかと言えば、こいつ。油断ならない)
心をより一層引き締め、ザーンは次の一撃に備え、身構える。
「――ただし、次でダウン取った方が勝ち、としませんか」
すると、ジェノは、何を思ったのか、さらなる不利な条件をつけてくる。
(投げは相撲の得意分野の一つ。やっぱり、アホか?)
罵倒の言葉が、喉元まで出かかる。
ただ、この状況で言うほどアホじゃない。
相手は格上。相手には相手なりの価値観がある。
同じ土俵で戦わないのは、失礼と思ったかもしれない。
「受けて立つ」
だとすれば、返す言葉はこれで十分。
全力で叩き潰す。それ以外なかった。
◇◇◇
目の前には、膨大な量の黄光を纏う力士がいた。
両足を大きく開き、腰を落として、身構えている。
(これで……どう転んでも、次で決着がつく)
ジェノは、勝負を快く承諾したザーンを見つめ、思考する。
正直言って、なんで、こんなに力が溢れてくるのか、分からない。
いつまで続くかも不明だし、次の瞬間には、元に戻ってるかもしれない。
だから、短期戦に持ち込んだ。ダウン重視の投げ技が得意なのは、承知の上だ。
(……でも、本当にやれるのか? 相手は達人。こっちは素人なんだぞ)
手汗をかいた拳をぐっと握り込みながら、思考を続ける。
勝てる自信は、正直なかった。だって、この強さには中身がない。
地道に鍛錬を重ねてこの領域に至ったわけじゃない。積み重ねが足りないんだ。
(せめて、せめて……相手に劣るとも、血の滲むような努力をしていれば……)
考えるのは、これまでの気の抜けた日々。
鍛錬と言っても基礎トレーニングしかしていない。
今まで、戦い方を一から教えてもらったことなんかなかった。
やってきたのは、要所要所で攻略法を考えること。武術と呼ぶには程遠い。
(いや、やるしかないんだ。相手の努力を踏みにじることになったとしても……)
努力を怠った後悔はあった。力不足なのは、痛いほど分かってる。
だけど、がむしゃらに前へ進むしかない。いつもそうやってきたんだ。
そう自分に言い聞かせ、ジェノは握った拳を構え、覚悟を決めて前を向いた。
「けたぐりは、なしか?」
すると、ザーンは違和感に気付き、尋ねてくる。
けたぐり。恐らく、蹴り主体の技のことを指しているはず。
だけど、今の構えは、蹴りじゃなく、拳主体。そこに疑問を持ったんだ。
「借り物の技で倒したら失礼ですからね。ありのままの自分で倒します」
ジェノは本心を告げ、両拳に分不相応な意思を込める。
それがせめてもの礼儀。相手に対しての敬意の表明だった。
「ふん。お前は、いい力士になる。……だが、相撲を極めなかったのが運の尽き」
褒めているのか、けなしているのかは分からない。
ただ、その言葉には愛があった。嫌味は微塵も感じられない。
「我流でも、極めれば高みにたどり着けることを証明しますよ。次の打ち合いで」
この人が対戦相手で、本当に良かった。
本気の相手なら勝っても負けても、納得できる。
だから、こうやって強がれる。ここで尾を引くのは失礼だ。
「来い。天才」
「行きますよ。相撲の達人」
交わし合うのは、同じようで違う台詞。
ここに舞台は整った。後は全力をぶつけるだけだ。




