第44話 決勝戦③
イタリア。シチリア島。タオルミーナ。ギリシャ劇場。
時刻は夜。半円形の階段状に連なる、石畳の観客席は満員。
舞台の中央には、銀光を纏うジェノと黄光を纏うザーンがいた。
互いに睨み合うような状況が続き、二人の距離は一足一刀の間合い。
「……疾っ! 疾っ! 疾っ!」
先に動いたのは、ジェノだった。
突くような蹴りを、素早く三度放つ。
狙いは、顔面。左腕。右大腿の計三か所。
「……鉄槌三連」
対するザーンは、どっしり構え、三度の張り手で対応。
どれも避ければ、飛び道具判定の黄色い光波がついてくる。
(速く、もっと速く、さらにずっと速く)
そんな中、ジェノが選んだのは速度のごり押し。
避けても駄目なら、真正面から向き合うしかなかった。
密着の殴り合いになるのは承知の上だ。その上で競り勝ってやる。
「……」
「……」
銀と黄の光が、瞬く間に三度ほど輝きを見せた。
先手の足技と後手の手技。相打つ形で二人は距離を取る。
これ以上攻めても守っても意味がない。連撃による判定は現在ない。
『クロスヒットを確認。互いに50のダメージ』
待っていたのは、アイのアナウンス。
名前:【ジェノ・アンダーソン】
体力:【750/1000】
意思:【1072】
名前:【ザーン・バヤル】
体力:【900/1000】
意思:【1040】
改めて、結果が反映された数字を確認していく。
(攻防は引き分け。意思は右肩上がり。幸先としては悪くはない)
最初の打ち合いに比べ、進歩はあった。
格上の相手と考えれば、上々の結果だと思う。
(……ただ、このままだとジリ貧だ。先手だとクリティカルが取れない)
問題は、ルール上における先手の弱さ。
後手は、敵の隙を見てから狙う場所を選べる。
一方、先手は、どこに隙が表示されるか分からない。
その仕様上、ダメージトレードは先手が明らかに不利だった。
(それに相手は、てんで本気じゃない……。まだまだ気は抜けないな……)
加えて、気になるのは、意思の低さだ。
開戦時、ザーンの意思は2000を軽く超えていた。
ただ、あの数字は、前の試合を参考にしたデータになる。
つまり、今のザーンは前回の半分以下の力しか出していないんだ。
「お前……加減してるか?」
すると、ザーンは不思議にもそんなことを尋ねてくる。
こっちが言いたい台詞を、相手から言われたような感じだった。
「え……? 加減してるのは、むしろ、そちらでは?」
ジェノは、きょとんとした顔を作り、思ったことをそのまま言い返す。
言っている意味が分からなかった。からかうような人とは思えないんだけどな。
「ふん……。アホと天才は紙一重……。よーく、数字見てろ」
すると、ザーンは何かを確信しているかのように語る。
「……数字?」
たぶん、数字は意思の力のことだと思う。
とはいえ、言葉足らず過ぎて、何を意味しているか分からない。
「――」
すると、ザーンは、右足を軽く上げ、下ろす。
次に左足を軽く上げ、下ろす。という動作をしている。
四股踏みだった。相撲取りが下半身と体幹を鍛えるためのもの。
(一体、何を……)
困惑しながら、一連の動作を見つめていると、ザーンは目を見開いた。
「……っ!!」
瞬間、相手の体から黄色い光が溢れ出す。
今までの比じゃない。体に纏われる以上の膨大な光。
まるで、地下から間欠泉が湧き出たような、圧倒的光量を誇っていた。
(これが、ザーンさんの本気……っ)
言われずとも、肌で感じ取れる。
ごくりと息を呑み、相手の数字を見た。
名前:【ザーン・バヤル】
体力:【900/1000】
意思:【2358】
当然のごとく、前回の試合の最高値を更新。
今まで戦った相手の中でもトップクラスの数字だった。
(……さっきのは、皮肉だった?)
お前、加減してるのか。その台詞がまだ頭にひっかかる。
でも、どう見たって差は歴然。数字では勝てないはずなんだけどな。
「化け、物……」
そう考えていると、ザーンは、ぽつりとつぶやいた。
圧倒的に優勢なはずなのに、その瞳には恐怖の色が見える。
(どういうこと? 後ろに誰かいる?)
視線の意味を深読みして、ふと後ろを振り返る。
自分以上の実力者が、後ろにいたなら納得できるからだ。
(誰も、いない……)
だけど、そこに人影はない。
見えたのは、観客席とは逆側の場所。
風化した石造りの建物。ギリシャ劇場の跡地。
(じゃあ、さっきのは……)
つまり、今の言葉と視線は自分に向けられたことになる。
そう冷静に事態を受け止めていると、視界にはある数字が見えた。
「……っ!?」
思わず目を疑った。機械の故障かと思った。
名前:【ジェノ・アンダーソン】
体力:【750/1000】
意思:【2469】
だって、簡単に相手の数字を超えていたんだ。
こっちは、なんの努力もしていないっていうのに。




