第41話 未来
イタリア。シチリア島。タオルミーナ。ホテルイザベラ屋上。
時刻は夜のはじめ。日は陰り、夕闇が辺りを支配しようとする頃。
トイレから戻ってきたラウラとジェノは席につき、ジルダに視線を向ける。
「で、お前は何を隠してる。そろそろ話してもらうぞ」
そこで、話を切り出したのは、ラウラだった。
その表情はどことなく晴れやかで、スッキリとしている。
ジェノは、止めようとするも止められない。そんな反応をしていた。
「……先に謝らせてくださいです。ごめんなさいでした」
すると、ジルダはなぜか頭を下げ、謝辞を述べた。
謝ったってぇことは、後ろめたいことがあったらしい。
場の空気は自然と重たくなり、気まずい沈黙が流れていく。
頭下げたなら、許してやる。そう言ってやりたいのは山々だが。
「それはなんの謝罪だ。事と次第によっちゃ、ただじゃおかねぇぞ」
締めるところは締めねぇといけねぇ。
曲がりなりにもチームのリーダーだからな。
(ま、どうせここまで言っても、無駄なんだろうが……)
ただ、ジルダの回答に、正直そこまで期待はしてねぇ。
今まで懐を見せなかったやつが、簡単に心を開くわけねぇからな。
「……順序立てて、お話ししますです。ボクがこれまで隠していたことを」
そんな中、意外にもジルダは覚悟を決めた様子で語り出す。
嘘か本当か。本音か建前か。ともかく、これではっきりしそうだ。
◇◇◇
「――以上が、お二人に隠していたことです」
あれから数十分が経過し、ジルダは話を締めくくる。
話の順序はめちゃくちゃだったし、情報も断片的だった。
多少、話のできるやつなら、一分ぐらいでまとまる内容だろう。
お世辞にも、話が上手いとは思わねぇ。どちらかと言えば、口下手だ。
「……『シビュラの書』で見た理想の未来を叶えるために、言えなかった、か」
それでも、ジルダが語る言葉には、心がこもっていた。
仕草からも、表情からも、嘘をついてるようには見えねぇ。
ここにきて、ようやく腹を割って話してくれた。そんな気がした。
「簡潔に言えば、そんな感じです。改めて、お二人を騙してごめんなさいでした」
そう考えていると、ジルダは再び頭を下げる。
さっきみてぇに嘘臭くねぇ。ちゃんと誠意が感じられた。
ジルダの背景が見えたからだろうな。全貌が分かったわけじゃねぇが。
「気にすんな、って言えるほど大人じゃねぇが許してやるよ。話してくれたしな」
ひとまずは、雪解けってやつだ。
これ以上疑ってかかる必要はねぇだろう。
まだ裏があるなら、裏切られた時に考えりゃあいい。
(ま、あくまで僕の話に限るがな……。こいつがどう思うかは別の話だ)
ラウラはちらりと隣に座るジェノの顔を見る。
「……」
だんまりと沈黙を貫いていて、顎に手を当て、深く考え込んでいた。
(理由があっても、不義理は許せない性質かもな)
ジェノは隠し事をしないタイプの人間だ。
何か問題が起きれば、迷わず、報告してくる。
その逆のことをされたら、どう思うのかって話だ。
「あの……。ジェノさんは許してもらえない感じ、ですか」
その沈黙が答えだと思ったのか、ジルダはおどおどしながら確認していく。
(さて、どう出る。ここでぶち切れたりしたら、面白れぇんだがな)
ラウラは高みの見物をするようにジェノの反応を待つ。
もし、仮にぶち切れたとしても、止めるつもりはなかった。
人の感情にとやかく言えるほど、偉くなった覚えはねぇからな。
「あ、えっと、気にしてはいませんよ。ただ……」
そこでようやっと、ジェノは回答をする。
どうやら、なんとも思ってなかったらしい。
ある意味こいつらしいな。続きが気になるが。
「……ただ、なんです?」
安堵しつつも、不安そうな表情で、ジルダは尋ねる。
最後の言葉まで気を抜いてないらしい。慎重なやつだな。
ここから、見限られるような展開なんてねぇと思うんだがな。
「理想の未来って、具体的には何を目指していたんですか?」
そんな中、ジェノは深刻な顔をして本題を切り出した。
聞いたのは、未来を実現するため、っつぅ表面的な部分だ。
具体的な中身の話はまだしてねぇ。内容次第で判断ってとこか。
「……それは」
それに対し、困った顔をしてジルダは言い淀む。
こいつのプライベートゾーンってやつかもしれねぇな。
例えば、意中の男性と結婚するため、とか言いたくねぇだろ。
「心配すんなって、こいつなら悪だくみはしてねぇよ」
一応、同じ女性側の立場として、フォローを入れてやった。
聞かれていいことと、聞かれたらまずいことぐらいは分かるからな。
「善悪なんか立場と主観で変わるよ。俺は目的を聞くまで信用できない」
意図が伝わってねぇのか、ジェノは自論を語り、頑なに譲ろうとしなかった。
(はぁ……。生真面目っつーか、頑固っつーか。気持ちは分かるけどよ)
このモードに入ったジェノは正直言って、めんどくせぇ。
どう説得しようとしても、絶対に自分の意見は曲げねぇからな。
「一応止めたが、答えた方がいいんじゃねぇか。このままじゃ見限られるぞ」
念のため、ジルダに向けて状況が分かるように説明する。
このままだと、チーム内に亀裂が入るのは間違いねぇからな。
「書の記述にないので、できれば答えたくないのですが……」
それでも、ジルダは答えたくないらしい。
よっぽと恥ずかしい内容なのかもしれねぇな。
仕方ねぇ。恥をかかねぇようにお膳立てしてやるか。
「いいから、さっさと吐いちまえ。ここだけの話にしてやるから。なぁ、ジェノ」
ラウラは、隣にいるジェノの肩を叩き、同調圧力をかけていく。
話す覚悟は決まってるみてぇだが、余計な心配は減らしてやりてぇからな。
「うん。……俺は誰にも言わないですよ。仲間でいられるかは内容次第ですけど」
圧に屈したように見えるジェノだったが、発言の芯は揺らいでねぇ。
むしろ、ジェノがジルダに圧を与える形で、会話のバトンを渡していった。
「……仕方ありません。お話ししますです」
すると、ジルダは観念したように話し出す。
その表情は真剣で、すでに覚悟を決めたみてぇだ。
細かい息遣いが聞こえ、言葉を発する準備も万端ときた。
(さぁ、何が出てくるか、見物だな)
どんな赤裸々なエピソードが語られるのか。
人の恥部が垣間見える瞬間だ。楽しみで仕方がねぇ。
「……実の父親と一緒に暮らす。それが、ボクの思い描いた理想の未来です」
十分な前置きを挟んだ上で、ジルダは目的の中身をようやく語る。
思っていたよりもまともな理由。適当な嘘を並べているように見えねぇ。
(これはちょっと茶化せねぇな……)
場を和ませるためにも、冗談めかして触れようと思ったが、無理だ。
父親が生きていたら、同じ道を選んでてもおかしくなかっただろうからな。
「やっぱり、今のは……」
聞いた二人は押し黙り、ジルダは発言を訂正しようとする。
その顔は真っ赤になっていて、恥を忍んで話したってのが見て取れた。
「訂正する必要なんかねぇよ。立派な理由だと思うぜ」
さすがに反応しないわけにはいかねぇわな。
大きいくくりで見りゃあ、同じ穴のムジナなんだからよ。
(僕はいいとしても、問題はジェノ、なんだよな)
ラウラは隣にいるジェノを見つめ、思考する。
こいつの判断基準はまだ掴めねぇとこがあるからな。
そんなエゴのために騙したのか、なんて台詞も言いかねない。
「……実の父親。ジェノ・マランツァーノか」
ジルダの言葉を噛みしめるようにジェノは独り言をこぼす。
もうフォローは入れられねぇ。後は、こいつの主観次第だ。
「駄目、ですか?」
我慢しきれなくなったのか、ジルダは回答を促した。
その表情は暗く、不安に押しつぶされそうな顔をしている。
ジルダの中では、見限られる可能性を高めに見積もってるらしい。
(受け入れる確率は、半々ってところか)
ある程度予想をしつつ、どっちつかずの空気が流れる。
当の本人じゃなくても、胃が少しキリキリしてきやがった。
「……納得しました。その理由なら、ジルダさんのこと信用できそうです」
そこでジェノが見せたのは、肯定的な反応だった。
どうにか、お眼鏡に叶ったらしい。ギリギリのラインな気がしたが。
「ふぅ……。それなら、良かったです……」
ほっと一安心といったところか、ジルダは深く息を吐きながら言った。
ひとまず、修羅場は避けられた形だ。話は一件落着、ってぇところだろう。
(話を終わらせてもいいが、どうもまだ気になるな)
ただ、疑問の全てが解消されたわけじゃねぇ。
目的の中身を知った上で、気になることがまだあった。
「この際だから、僕も一つ、聞いといてもいいか?」
そう考えたラウラは、早速、質問を重ねていく。
ジルダの話では未来のことはあまり話せないらしい。
なんでも、話すぎると、未来に影響が出るからだそうだ。
ただ、今さら一つや二つ質問が増えたところで変わらねぇだろ。
「……だいじょぶです。ボクで答えられることだったら」
すると、ジルダは警戒心を強めながらも、了承してくれる。
少しぐらいなら未来に影響は出ないって、判断したのかもしれねぇな。
「じゃあ、遠慮なく聞くが、この先の展開は、どう書かれてたんだ?」
ラウラが率直に尋ねたのは、タブーとも言える質問。
結果を知れば、未来に影響が出てもおかしくねぇからな。
答えてくれたら儲けもんだ。別にそこまでの期待はしてねぇ。
「……えっと、ボクたちは決勝で敗れて、『白き神』は完全復活を果たす、です」
そんな中、サラッと返ってきたのは、とんでもない事実。
大会で問題が起きることが確定している、重苦しい未来だった。




