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ストリートキング  作者: 木山碧人
第四章 イタリア

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第40話 最後の晩餐

挿絵(By みてみん)



 

 イタリア。シチリア島。タオルミーナ。


 ホテルイザベラ、屋上にある飲食スペース。


 町を一望できる見晴らしのいい席に三人はいた。


 テーブルにはピザ、パスタ、サラダなどが並んでいる。


「……」


 そんな中、ジルダはなぜか気まずそうに沈黙している。


 さっきから一口も料理にありついていない様子だった。


「なんだ? 食わねぇのか? 結構イケるぞ、これ」


 口の端を赤く汚しながら、ラウラはフォークを持ちながら語る。


 その先端にはトマトソースがかかった、ショートパスタがあった。


 よくある細長い麺じゃなくて、シチリア産のは太く短い麺が特徴だ。


 短い方がトマトソースがよく絡み、一口当たりの量も、ちょうどいい。


 ここに来て初めて食べた料理だったが、悪くなかった。というか好みだ。


「お肉とかは入ってないですけど、こっちもなかなかですよ」


 一方で、ジェノが勧めるのは、四角いピザ。


 トマトソースが死ぬほどかかって、赤くなってる。


 生地は厚めで、ピザの耳はでかい。あっちも美味そうだ。


「……」


 しかし、それもお気に召さないのか、ジルダの表情は暗い。


 料理が運ばれてから、その食指は一度も動いてはいなかった。


 気持ちは分からんでもない。食文化は、北と南で異なるからな。


 北はバターやクリームのような乳製品多めで、南はトマト多めだ。


 北の食事に慣れていたなら、口に合わないもんもあるかもしれねぇ。


「さてはお前……偏食家か? 食わず嫌いは体に毒だぞ」


 ただ、出された飯は食う。それが常識マナーだ。


 まだ子供のうちに直してやった方がいいだろうな。


 このまま知らずに育っちまったら、ろくな大人にならねぇ。


「肉を食べられない俺たちが言える義理はないと思うんだけど……」


 そう考えていると、察しの悪いジェノが口を挟んでくる。


 ま、お優しいこいつのことだ。フォローのつもりかもしれねぇがな。


「……そういう問題じゃ、なくてですね」


 すると、ようやくジルダは口を開いた。


 歯切れの悪さはあったが、会話できる状態みてぇだ。


「だったら、どういう問題なんだよ。この際だから、はっきり言っとけ」


 ぱくりと、ショートパスタを頬張りながら、ラウラは詰める。


 思えば、ここまでジルダと真剣に向き合って会話したことはなかった。


 今がいい機会かもしれねぇ。大会が終わっても、切れる縁じゃなさそうだしな。

 

「何を言っても怒らない、ですか?」


 すると、ジルダは変な前置きを挟んでくる。


 思ったよりも、話に裏があるのかもしれねぇな。


 確実なのは、怒らせるような何かがあるってところか。


「もったぶらずに早く言え。怒ってやらねぇから」


 しゃあねぇ。皆目見当もつかねぇが、懐を広げてやるか。


 子供のやらかしを受け止めてやるのも、大人の役目だからな。


「……じゃあ、言うですね」


 うつむいていたジルダは、正面を向き、さらに前置きを挟む。


 その顔は見るからに深刻で、人の生死に関わるレベルのように見えた。


(こういう時に限って、どうでもいい内容だったりするんだよな……)

 

 ただ、そこまで気負いする必要はねぇ気がした。

 

 子供の頃は大したことねぇ悩みで悩んでたりするしな。

  

「――毒が入ってるかもしれないです。その料理に」


 そこでジルダは、堰を切ったように言い放った。


「「……っ!!?」」


 思った以上の爆弾発言に、ラウラとジェノの表情は凍り付く。


 その瞬間にも、食べた料理が二人の喉を通過し、胃に流し込まれていた。

 

「ジルダ、お前っ! なんで、もっと早く言わねぇんだよ!!!」


 あまりのぶっ飛んだ発言に、反射的に体は動く。


 気付けばジルダの襟元を掴み、声を荒げちまっていた。


 仲間が毒入りの飯食いそうになってたら、止めるだろ。普通は。


「ま、待ってよ。ラウラ。ひとまず、落ち着いて」


 その間に割って入り、無理やり腕を解こうとするのは、ジェノだった。


「落ち着いてられるか! 毒が入ってたかもしんねぇんだぞ!」


 今はその余計な気遣いにも、腹が立った。


 どうして、こいつはこんなに落ち着いていられんだ。


 毒の危険性をまだ理解してねぇのか。あの時、苦しんだくせによ。


「そうだよ! 毒が入ってた『かも』なんだよ! 確定はしてない!」


 何を言われても、聞く耳を持たねぇつもりだった。


 発言した張本人。ジルダの言い分を聞いてやるまでは。


「…………『かも』、か」


 ただ、その言い分は、腑に落ちた。


 血が上った頭は一気に冷め、掴んだ襟を放す。


「けほっ、けほっ」


 すると、ジルダは苦しそうに咳をしながら、椅子に座り込んだ。


 その姿を見ると、なんだか申し訳ねぇ気持ちでいっぱいになってくる。


「……わりぃ。少しやりすぎた。許してくれ」


 大人げねぇことをしちまった。


 さっきは怒らねぇって約束したのによ。

 

「いえ、ボクも悪かったです。それより、お体に異常はありませんか」


 対して、ジルダは思ったよりも早く、こっちの心配をしてくる。


 話せるようになるまで時間がかかると思ったが、意外とケロっとしていた。


(……切り替え早ぇな、おい。こうなるって分かってたのか?)


 あらかじめ、怒鳴られる覚悟をしていた。


 そう思ってしまうぐらいには、態度に違和感があった。


(いや、それよか、問題は――)


 ただ、考えないといけねぇことは他にあった。


 ラウラは、おもむろに体から白く濃いセンスを発する。


 そして、エコー検査のように手で自身のお腹をさすっていった。


 確証はねぇ。ただ、探れば、毒かどうか判別できるような気がしたんだ。


「……毒っぽい感じは、しねぇな」


 毒に関しては、人より多少の学がある。


 消化器系なら吐き気。神経系なら頭痛とめまい。


 呼吸器系なら呼吸困難。循環器系なら血圧に異常が生じる。


 その知識と感覚。両方を踏まえても、今のとこ異常はなさそうだった。


「それなら、よかった、です」


 ジルダは、その答えを聞いて、胸を撫で下ろしている。


 ただ、妙に歯切れが悪い。安心しつつも、戸惑ってる感じがした。


(やっぱり、こいつ、なんか隠してやがるな)


 前々から分かってたことだが、ジルダは自分のことを話さねぇ。


 深堀りしようとしても、のらりくらりと質問をかわしてる印象が強い。


 特に今はそんな感じがした。直感といえばそれまでだが、外れてる気がしねぇ。


「おい、ジルダ。他になんか隠してることあるんだったら――」


 すぐに思ったことを伝えようとした時、それは突然やってきた。


(……やべぇ、気分が悪ぃ)


 胃の中は異物感があり、強烈な吐き気が襲ってきた。


 気を緩めたら、ここで全部ぶちまけちまう。そんな気がした。


「……ラウラ、これって」


 同じタイミングでジェノも顔を青ざめている。


 この現象には、多少なりとも心当たりがあった。


「こいつは、例の……っ!!」


 そこまで口に出した瞬間、体は勝手に動き出す。


 同時にジェノも同じ行動を取り、一直線に駆け出した。

  

 『白き神』の影響による拒食症。その症状が確実に悪化していた。


「ジルダ、そこで待ってろ、後で聞きてぇことがある!」


 ラウラは背中で語り、去っていく。


 目的地は言うまでもなく、手洗い場だった。


 ◇◇◇


 ラウラたちは去り、席に残されたのは一人。


 ジルダ・マランツァーノは、ぽつりと呟く。


「毒、だったのですね……」


 目の前には数々の料理。お腹がぐぅっとなりました。


 朝食は全部吐き出して、昼食は食べる暇がなかったです。


 胃の中は空っぽ。口の中は唾液でいっぱいになっていました。


「都合のいい体ですね……。仲間を騙したかもしれないのに……」


 ただ、頭の中は食欲よりも、罪悪感が勝っていました。


 こうなることは、『シビュラの書』を見て分かっていたのです。


 ただ、記述は抽象的。お腹を下すことは書かれても、原因は分かりません。


「未来を実現するためなら、我慢するべき、ですよね」


 記述に背いた行動を取れば、どうなるか分かっていません。


 原因が料理の毒ならば、ここでうかつに食べるわけにはいかないのです。


「……でも、本当にこれでいいのでしょうか」


 あくどいことをしてきた自覚はあります。


 ここまでずっと、心はもやもやしていました。


 だから、一度だけ記述に背いたりもしてみました。


 それでも、このもやが晴れることはありませんでした。


「罪を贖いたければ、懺悔せよ。さすれば道は開かれん」


 ふと頭に浮かんだのは白教の教えでした。


 懺悔とは、悪い行いを素直に告白することです。


 お二人が無事に帰ってくれば、自然とそうなるはずです。


 これ以上は、状況的にも精神的にも隠し通せそうにありませんから。


「……懺悔するだけじゃ、ボクの罪は贖えそうにありませんね」


 ただ、足りないです。足りる気がしません。


 言葉だけでは、きっと誠意は伝わりません。


「何か、行動で示せたらいいのですが……」


 独り言を重ねながら、辺りを見ます。


 すると、目に入ってきたのは、机の料理でした。


「毒を食らわば皿まで……。一緒にお腹を下せば、条件はフェア、ですよね」


 思いついたのは、毒の料理を食すこと。


 分かっているなら、普通そんなことはしません。


 でも、さっきは分かっていたのに、言わなかったんです。


 このままだと、フェアじゃありません。だから。だから。だから。

 

「いただきます、です」


 腹を下す覚悟を決め、料理に手をつけ始めました。


 パスタを食べ、ピザを頬張り、サラダをかき入れます。


 気分の問題かもしれませんが、味なんて全くしませんでした。


「ごちそう、さまでした、です」


 だけど、心は充実していました。


 後は今までのことを話すだけで済みます。


 その前に、一度、お腹を壊さないといけませんが。


「……?」


 しかし、待てども待てども、腹痛はやってきません。


 ただ、空いていたお腹は膨れ、体の栄養になっていきます。


「毒入りじゃない、です……?」


 その疑問に答えてくれる人は、どこにもいませんでした。


 今はただ、お二人の帰りを気長に待つしかないのかもしれません。

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