第39話 すれ違い
イタリア。シチリア島。タオルミーナ。住宅街。
時刻は夕方。辺りは茜色に染まり、ちょうど夕飯時。
飯を支度する美味そうな匂いが、石畳の路地に充満している。
「あいつ、どこいきやがったんだ……」
そんな中、あてもなく町中を駆け回るのはラウラだった。
あれから二時間。町中を探し回ったが、ジルダはどこにもいねぇ。
本番まで三時間を切っている。そろそろ見つけねぇとやべぇかもしれねぇ。
「……?」
すると、スカートのポケットに入ってあった携帯が震える。
すぐに取り出し、画面を確認。そこにはジェノと書かれている。
身内同士で、秘匿通信機能が使える腕輪。リンカーは改良修理中だ。
この切羽詰まった状況で、回線が傍受される危険もあったが、仕方ねぇ。
「……なんだ。これには極力かけんなっつったろ」
上手くいかないイライラが声色に乗っちまう。
怒っても意味がねぇって、頭では分かってんだけどな。
「分かってる。でもさ……」
聞こえてくるのは、ジェノの声。
用件を、取り急ぎ伝えようとしている。
ただ、何やら言葉を選んでいる印象があった。
「でも、なんだ? しょうもないことなら、ぶっ飛ばすぞ」
すぐに、続きを催促する。
この応答する時間すら惜しい。
一刻も早く捜索を再開したかった。
どうせ大した用事じゃないだろうしな。
「ジルダさん、ホテルの前にいたよ。普通に」
しかし、返ってきたのは大した用事。
今までの労力が無駄だったことを示す言葉。
器の広い大人なら、笑って受け流してやる状況だ。
「はぁっ!!?」
そんな中、夕飯時の路地に響き渡ったのは、特大の怒鳴り声だった。
◇◇◇
イタリア。シチリア島。タオルミーナ。ホテルイザベラ前。
狭い石畳の通路にはジェノとラウラ。そして、ジルダがぽつんと立っている。
「……で、どういう経緯でこうなった」
すぐに駆けつけたラウラは、早速、事情の説明を求めていた。
その表情は険しく、腕を組みながら、詰問するような形で尋ねている。
「トイレに行って帰ってきたら、皆さんいなくなってたです」
ジルダが語るのは、至ってシンプルな説明。
深堀りようがない、心底くっだらねぇ理由だった。
「……はぁ。ここで待てと言われたから、大人しく待ってたってか?」
ただ、その理由は怒るに怒れなかった。
こっち側にも非がないと言えば、嘘になるからだ。
こいつと連絡先を交換していれば、未然に防げた話だからな。
「はい、です……」
ジルダも責任を感じているのか、表情は暗く、視線は地面に向いている。
(これじゃあ、怒るに怒れねぇわな……)
ジェノが言葉を濁していた意味がようやく理解できた。
ただのすれ違い。まじでしょうもないが、たったそれだけのことだ。
「ラウラ、口を挟むようで悪いけど、この件は……」
そこに割り込んでくるのは、ジェノだった。
頭ごなしに叱りつけるとでも思っているらしい。
(リーダーの資質が問われる状況ってやつか。めんどくせぇ……)
ただの仲間だったら適当に茶を濁すだけで良かったが、そうはいかねぇ。
リーダーなら全員が納得できる答えを、ここでバシッと提示する必要があった。
「ジルダ、お前さ……。アルバイトしてた時の時給はいくらだった?」
そこで、ラウラが切り出したのはなんでもない雑談。
言われたジルダは、怒られると思ったのかきょとんとしている。
「……えっと、9ユーロです。それがどうかしたですか?」
困惑しながらも、ジルダは答え、その理由を尋ねてくる。
バリバリの最低賃金だった。ただ、おかげであの手が使えそうだ。
「その少ない賃金で僕たちに飯奢れ。それで水に流してやるよ」
ラウラが提案したのは、起きた騒動に対する軽い罰。
それが、この場を治めるための一番いい落としどころな気がした。




