第36話 決勝の地へ
本選準決勝戦を勝利で終えた、三日後。
地中海に浮かぶイタリア南部の島。シチリア島。
時刻は正午。直上にある太陽が、島全土を明るく照らす。
周辺に見える海は透き通り、エメラルドグリーン色に輝いていた。
「ここがリーチェさんの故郷……」
その上空を飛ぶのは、赤色のプライベートジェット。
決勝の舞台へ行くために用意された主催者の自家用機だ。
機内の内装は赤で統一、向かい合う形の二列シートが四つある。
その左端の席に座り、窓から景色を眺め、感嘆の声を上げるのはジェノ。
服装は変わらず青い制服。着替えないのは、スーツケースがなくなったせいだ。
「千年前の事件のせいで、これでも島の下半分はない状態らしいぜ」
ジェノの隣に座り、頬杖をつきながら返答するのはラウラ。
目の周りは青く腫れていて、頬には白いガーゼが張られている。
服装は黒いスーツ。着替えも同じ物だったが、今はこれ一着しかねぇ。
「……『白き神』の隕石だよね。この島が決勝の舞台になるなんて皮肉だなぁ」
ジェノは窓を見ながら相槌を打つが、その声色は暗い。
現状、『白き神』の完全復活関連は、何も阻止出来てねぇ状態だ。
大会の前後に、何かしらの儀式が絡んできてもおかしくない状況になっている。
「『白き神』の儀式に必要らしい『八咫鏡』は、まだ見つかってねぇしな」
そう言って、ラウラが黒スーツの内側から取り出したのは、白い骨。
『八咫鏡』を盗んだ犯人の居場所に動く、オユンの意思がこもっている。
「動きはどんな感じ? 本選の時は、右往左往してたみたいだけど」
ジェノはこっちに振り向きながら尋ねてくる。
その視線は、ラウラの手の上にある白い骨に向いていた。
「あん時は壊れてるかと思ったが、今回は間違いねぇ。確実に近づいてる」
骨は引き寄せられるように南に動き、強く振動している。
骨をもらった時に比べて、明らかに挙動が強くなっていた。
気持ちが悪ぃ挙動だが、効果があるのは、間違いねぇかもな。
「『白き神』の完全復活に必要なのが、『八咫鏡』で……。『八咫鏡』を盗んだ犯人に反応するのが、その白い骨なんだよね……。反応が近いなら、ここで儀式めいた何かが起きる可能性が高いってことか」
そこで、ジェノはここまで情報をまとめる。
ややこしい限りだが、言ってることは正しい。
「ああ。それに、儀式を企ててるのは『白教』で間違いねぇだろうよ」
付け加えるとしたら、こうなるだろうな。
白教は、白き神を崇拝する世界最大の宗教団体。
絡んでるのは、確定だ。大会に参戦してきてたからな。
「また『白教』か……。関わりたくないんだけどな」
ジェノは視線を落とし、ぽつりと述べる。
事あるごとに絡んできて、もううんざりって顔だ。
気持ちはまぁ分かるが、こればっかりはどうしようもねぇ。
「仕方ねぇだろ。僕らは『白き神』の宿主なんだ。切っても切れねぇよ」
『白き神』は、ジェノとラウラの体内にある。
『白教』が『白き神』を欲する以上、接触は不可避だ。
めんどくせぇ因縁だが、付き合ってやる以外、選択肢はなかった。
「……分かってる。でもさ、いつも後手に回るから、先手に回りたいんだよね」
それは、ジェノも承知の上だったらしい。
因縁に付き合う上で出し抜きたいってところか。
確かに、こいつの言い分にも、一理あるかもしれねぇ。
大体の場合、先に白教が事件を起こして、こっちの対応は後。
白教が企てた計画を先回りして潰す。なんてできた試しが一回もねぇ。
(先手、か……。なんで毎回毎回、後手に回っちまうんだろうな)
ラウラは、ふと考えを巡らす。
先に計画を潰そうと動いていないから。
ぱっと浮かぶのそれだが、他に理由がある気がした。
(内部に裏切り者がいるか、それとも動きを先読みされてんのか……)
さらに考えを巡らせ、候補を絞っていく。
その過程で浮かんだワードが、妙に引っかかる。
確証はないが、なぜか答えに繋がりそう気配があった。
(先読み……未来……。って、そうか!)
違和感に当たりをつけ、さらに考えを飛躍する。
すると、頭に刺激が走り、情報と情報が繋がる感覚があった。
「未来が分かる『シビュラの書』……。それを白教が悪用してるせいかもな」
ラウラはすぐに、頭に浮かんだ答えを述べる。
未来が分かるなら、後手に回るのが必然だからな。
毎回、白教に先回りされるのも、なんら不思議じゃねぇ。
「うわ、あり得そう……。だとしたら、せめて、白教の内通者がいたらな……」
ジェノは納得しながらも、ふとした願望をこぼす。
内通者がいれば、未来予知を予知できるっつう話だろう。
そんな都合のいいやつがいたら、苦労しねぇ。と喉元まで出かける。
「……それなら、目の前にいるじゃねぇか」
ただ、いたんだな。思ったよりもすぐ近くによ。
「え?」
自然とジェノの視線は、前方に向く。
そこにいたのは、赤い村娘服を着たジルダ。
正面の座席に座っているが、どうも様子がおかしい。
「……ひぃひぃふぅ。ひぃひぃふぅ」
顔面蒼白にして、出産前の妊婦みたいな声を出してやがる。
その手には白いビニール袋を持っていた。乗り物酔い、だろうな。
「そうか。『白教』の施設で育ったジルダさんなら……っ!」
意味を理解できたのか、ジェノは声を張り上げる。
実際、『白教』にいたなら、内部事情に詳しいはず。
聞けば、何かしらの先手を打てる可能性は十分あった。
「まぁ、今はやめとけ。一回ゲロってから、聞いてやりゃあいい」
ただ、それは後でもいい。
今更、急いだところで変わらねぇ。
聞いたところで答えられる状況じゃねぇしな。
「……うぷっ」
すると、案の定、ジルダの口は膨れ上がる。
今にも胃の中身を吐き出しそうな状態だった。
「ほらな。今から吐くぞ。滅多に見れねぇから、よーく見とけ」
人の不幸は蜜の味ってな。
愉快な気分になりながらゲロを待つ。
「そんな茶化すような言い方やめようよ。本人は、きっと必死――」
一方、優等生のジェノは、諭してくる。
つまんねぇやつだな。こっからが面白れぇのによ。
そんな悪趣味な思考を、心の中で浮かべていた時のことだった。
「うぷぷっ!」
大きく口を膨らませたジルダは、なぜか前進。
白い袋を手から離し、迷うことなくこちらへ迫ってくる。
(おいおいおい、これってまさか……)
嫌な予感が走る。想像したのは最低で最悪の展開だ。
「おげっ、おろろろろろろろ」
予想通り、ジルダの口から溢れ出たのは、大量のゲロ。
余すことなく、外すことなく、こっちに降り注いでくる。
それがどれぐらいの時間続いたのか、はっきり覚えてねぇ。
「「……え」」
ただ、被害者二人の一張羅が台無しになった。それだけは確かだった。




