第34話 本選準決勝⑩
本選準決勝も佳境に入る頃。
武舞台上には、静かな時間が流れていた。
「……」
「……」
一歩踏み込んでは、一歩下がる。
そんな地味な足運びが、繰り返されている。
間合いを計るのは、黒服を着た青髪短髪の女性。ラウラ。
対するは、黒いバーテン服に灰色髪をオールバックにした男。マランツァーノ。
「見えたぜ……っ!」
静かな攻防の果て、ラウラは口端を上げ、拳を放つ。
「させませんよっ!」
マランツァーノは遅れて、合わせるように拳を打つ。
一直線に迫った拳と拳は、惹かれ合うように、空中で衝突。
白い光と黒い光がジリジリとせめぎ合う中、拳は徐々に食い違う。
そして、拳は抜け、互いの腕は交差。食い違った拳が、互いの懐に迫る。
(……感覚通りだ)
心の中で確かな手応えを感じているのは、ラウラ。
拳を食い違わせる再現性。それをものにした感触があった。
だったら、こっから先も、さっきと同じ展開にもっていけるはずだ。
(さて、相手の弱点は……)
拳が相手に届くまでの、わずかな時間。
そこで、確認するのはゴーグル越しに光る赤い丸印。
相手の腹には、拳より一回り大きい赤丸が、でっかく表示されている。
(……見えた。腹、だな)
赤い丸印はクリティカルヒットのトリガー。
ヒットは50ダメージで、クリティカルは200ダメージ。
ダメージレースで勝つためには、必須で狙っておく必要がある。
(狙うのは当然だが、打ち勝つためには……)
腕の関節を微調整して、目的の場所まで拳を誘導する。
拳を丸印に当てることは重要だが、もう一つ意識するべきことがある。
(……先に、届けっ!)
それは速さ。先に届くかどうかで雲泥の差ができる。
ラウラは、いち早く拳を振り抜き、捉えたのは相手の腹。
マランツァーノの拳も、こっちの腹に届いていたが、一歩遅ぇ。
「もう一発だっ!」
先に食い込んだ拳に、目一杯、センスと力を込める。
ほとばしる白い光が、相手の懐を守る黒い光を、打ち破る。
「…………っ!!」
鈍い音が鳴り、相手は顔を歪め、ぶっ飛んだ。
相手が拳に力を入れる前に、こっちの全力を叩き込む。
攻めは最大の防御ってな。相打ちでもインパクトが早ぇ方が有利だ。
『ヒットとクリティカルヒットを確認。マスターに50、敵に200のダメージ』
ラウラの狙い通り、拳は相手の赤い丸印を射貫き、クリティカルヒット。
一方、相手は、狙いがわずかに逸れ、ただのヒット扱い。差はまた広がった。
名前:【ラウラ・ルチアーノ】
体力:【700/1000】
意思:【2099】
名前:【ジェノ・マランツァーノ】
体力:【400/1000】
意思:【1945】
改めて、数字を確認する。
そこには、確かな差が表示されている。
本来なら、少し気を緩めてもいいぐらいのリードだ。
(このままいけば勝てるはず、だよな。でも、なんだ、この重てぇ感じは……)
ラウラは、おもむろに殴られた下腹部をさする。
食らいはしたが、致命的な受け方はしてねぇはずだった。
それなのに、ずしんと重く、だるい。下半身に力が入らねぇ感じだ。
(ボディブローは後から効いてくるっていうが……その類か?)
思い当たったことを頭に浮かべていると、視界には敵の姿。
ダウン判定がなかった以上、また受け身をとって耐えたみてぇだ。
「どうかしましたか? 顔色が優れないようですが」
すると、相手はこちらの不調を一発で見抜き、確認してくる。
鈍そうな顔してる割に、鋭い野郎だ。やりにくいったらありゃしねぇ。
どっかの誰かさんとは大違いだ。鋭すぎるってのも、考え物、かもしれねぇな。
「生憎だが、絶好調だよ。他人の心配より、自分の心配をしたらどうだ?」
当然、認めるわけもなく、嘘を重ねる。
対戦相手に弱みを見せられるわけがねぇからな。
「ふむ。善意で言ったのですが。……まぁいいでしょう。次で分かることです」
すると、マランツァーノは珍しく拳を構え出す。
言葉よりも、次の打ち合いで判断するってぇとこだろう。
ま、その方が早ぇわな。こっちにしても願ったり叶ったりの展開だ。
「ようやく、やる気出すってか。だとしても、遅ぇよ。僕の優位は揺るがねぇ」
同じくラウラも拳を構え、同じことの繰り返しが始まる。
再び武舞台には静寂が訪れ、二人はじりじりと間合いを取る。
そして、ラウラが感じ取るのは、拳と拳がぶつかり合う接点のズレ。
「そこだっ!」
感覚に従ったラウラが拳を先に放ち。
「……」
見定めるようにマランツァーノが後手で対応する。
先ほどと同様に、互いの拳と腕は交差。拳は体に到達する。
当然、先に打ったラウラの拳が一歩分早く、敵の胸を打つ形となった。
『ヒットとカウンターヒットを確認。マスターに50、敵に200のダメージ』
機械的なアナウンスが響き、またもや差は広がっていく。
相手は当然のように受け身を取り、また目の前に立ち塞がってきた。
名前:【ラウラ・ルチアーノ】
体力:【650/1000】
意思:【1921】
名前:【ジェノ・マランツァーノ】
体力:【200/1000】
意思:【1945】
数値で見れば三倍の差。言うまでもなく、大幅のリード。
ただ、注意しないといけねぇのは、ラッシュモードってやつだ。
体力が二割切った状態だと、赤い丸印の代わりに青い丸印が出現する。
そこを叩けば、連撃がヒット扱いになり、逆転を狙える仕様になってるわけだ。
「……悪いことは言いません。棄権されてはいかがでしょうか」
そう状況を整理していると、マランツァーノはおかしなことを言ってくる。
「あ? 当たり所でも悪かったのか? ここで諦める馬鹿がどこにいる」
パンチをもらいすぎると、認知障害が起きる。
言わゆる、パンチドランカーってやつかもしれねぇ。
互いの体力ゲージを見りゃあ、一目瞭然のはずなんだがな。
「あなたの意思は、右肩下がり。ピークが過ぎた状態では、私に勝てませんよ」
どんな妄言を吐くかと思いきや、返ってきたのはまともな理由だった。
(……確かに、数値は落ちてる。だから、不調だって判断したってわけか)
客観的なデータの分析。それを相手は上手く活用してきた。
ただ、それだけだ。それが勝敗に直結するかは、また違った話になる。
「へぇ。だったら、その発言。口だけか本物か、見定めさせてもらうぜ」
ラウラは、一度言われた台詞を言い返し、再び拳を構える。
体はちょいと重く、だるさはあったが、今んところ問題ねぇ。
分析もデータもくそくらえだ。再現性の拳でねじ伏せてやるよ。




